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おとなりの研究者
東京大学
大学院人文社会系研究科
助教

独立行政法人日本学術振興会
特別研究員(PD)

帝京科学大学
総合教育センター
准教授

名古屋柳城短期大学
保育科
教授,学長

file01:「宗教」はどこにある?

僕は大学の授業で最初に「宗教というものはないんだ」と、説明しています。キリスト教、イスラムというように個々にはあるけれども、「宗教」というのは単に包括的なカテゴリーとしてあるだけである、そこを誤解してはいけない、と。

もうひとつ、宗教に関してよくある間違いとして学生に話すのは、あの人は信仰しているっていうけれども、生活は滅茶苦茶じゃないかと。「あれ、ほんとに信仰者なの?」というケース。ときどきありますよね。しかし宗教の理念と人の行動というのは当然違うのであって、人を見て宗教を判断してはいけないということなんです。そうではなくて、彼はもちろん凡人で、罪人で、業にまみれているのだから醜い行いは当然であって、だからこそ救いを求めたり、修業をしたりしているのだ、というふうに考えなくてはいけない。ことによったら、その人は宗教の3%ぐらいしか体現できていないかもしれないわけです。

ただしですね、宗教の世界というのは、個々人の中からしか見えないんですよ。宗教の世界は必ず誰かが信仰しているからこそあり得るわけで、信仰者のいない宗教はあり得ない。宗教は人を超越したところにあるんだと思いながら、でもやっぱり個人の中を見るしかないんです。

TEXT : Michiaki Okuyama, Rue Ikeya  DATE : 2010/10/29