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おとなりの研究者
日本大学
文理学部社会学科
教授

筑波大学
システム情報系
准教授

宇都宮大学
地域デザイン科学部 社会基盤デザイン学科
准教授

静岡大学
防災総合センター
教授

東北大学
災害科学国際研究所 情報管理・社会連携部門 災害アーカイブ研究分野
准教授

file 01:「両方」から批判を受ける領域

原子力防災がなぜこれまであまり研究されてこなかったのでしょうか。人々の暮らし、社会構造、産業などこれだけ大きな影響が出るにもかかわらず、触れられてこなかったことには理由があります。

原子力発電を推進する立場の人の視点は、「原子力技術は確立しており、安全なものだ。事故など起こらないのに、なぜそんなことを研究する必要があるのか」というものです。一方、原子力発電に反対の人の視点はというと、「原子力発電をやめれば、防災について考える必要などないはずだ。原子力防災や原子力事故後の避難などを研究するということは、原子力発電を容認し、原発の再稼働を前提としているのか」となります。双方とも、自分たちの視座にこだわり、事故が起こる可能性があるということから目を背けてきたのです。

風評被害も同様です。「風評被害ではなくて実害だ」「今の状況を安全だといいたいのか」という危険を重視する側と、「風評被害とかいうのではなくて、そもそも線量の低い現状を認識していないことの方が問題だ」と安全を重視する側双方から批判されます。しまいには「風評被害という言葉が嫌いだ」「そんなことを研究して、風評被害を広めているのは、あなた自身ではないか」と、双方からの攻撃の対象になってしまう。双方とも、「危険」「安全」という自分たちの立場にこだわり、現実の汚染の程度や現実の人々の心理をみていないという構造があります。

どんな規模であれ、原発が稼働するかぎり事故は起きます。技術を高めていくことや信頼を得ること、事故が起きてほしくない、起きないのだから想定する必要はないということ、これらは原子力防災や原子力事故の研究とは別の問題です。稼働すべきではないのだから事故の想定など論外という主張もまた冷静さを欠いている。

災害の研究は、過去の災害から学び、今後の防災対策に生かすこと。今起こっていることを分析し、復興のために資することです。この知見を積み重ねていかなければ、次に何かが起こったときに、過去の教訓から学ぶこともできず、対応が後手に回って被害を拡大させることにつながってしまうことになります。また、福島県の現状に真正面から向き合わなければ、今後の福島県の復興を考えることはできません。

どのような社会やエネルギーの選択をするかという議論と、過去の災害を分析し、災害に備えるということは別のこと。賛成、反対の狭間に大切な知見が抜け落ちてしまうということを避けなければなりません。