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おとなりの研究者
茨城大学
理学部 理学科地球環境科学コース
教授

同志社大学
理工学部環境システム学科
博士後期課程教授

神戸大学
内海域環境教育研究センター
教授

島根大学
大学院総合理工学研究科 地球資源環境学領域 地球資源環境学領域 
教授

独立行政法人産業技術総合研究所
地質情報研究部門 地球変動史研究グループ

file 02:夢は冒険家になることだった

地質学を専攻していた学生時代。この分野の学生は、卒業すると地質コンサルタント会社などに就職して地質調査や鉱物探査に従事することが多いが、その選択に魅力を感じることができなかった。大学を休学してアラスカを旅し、冒険家で写真家でもある星野道夫さんや世界各地の川をカヌーで旅した野田知佑さんの影響を受け冒険家を志した。しかし、さすがに冒険だけに没頭することはできず断念。それでも、長野県の出身で自宅から3000m級の峰が7つも望める環境に育ち、山男だった父と3歳のころから山登りをしていた経験もある。山、冒険、人が足を踏み入れていない場所に対する気持ちは人一倍大きかった。

菅沼さんは、地質調査のみならず地球環境や環境変動に関する研究にも取り組みたいという希望も持っていたが、地質学を修めた後に地球環境の研究に取り組む道筋が見つけられないでいた。大学院生時代に地磁気の研究に出会い、その後、現在の国立極地研究所へ。地磁気の研究と並行して、南極の氷の変動を調べるプロジェクトに取り組んでいる。南極といえば、昭和基地を拠点として行う調査を思い浮かべるが、さらに内陸の、人類がほとんど足を踏み入れたことがない地域まで足を延ばす。300kgほどの食料や燃料を積み、スノーモビルで移動しながら調査は3カ月以上も続くという。調査範囲は四国と同じくらいの広さと広大で、調査活動はまさに命がけ。冒険家を志していたころ、アウトドアショップでアルバイトをしながら身につけたテントや寝袋など装備の知識が役立つ。気がつけば、19歳のころ夢見た「冒険」をする研究者となっていた。