大学〜研究員時代に将来への不安はありましたか?

やっぱり不安はありましたね、いつまでも研究をやっていけるのかというような。でも、アメリカで研究員をやっていた時、みんなで議論をしたりする仲間がいれば安心というか、「自分でもやれるかなぁ」と思うことが出来ました。そういう意味では、学会やいろんな研究会によくいって、お互いに励まし合うということが良いように思いましたね。研究って自分の頭だけで考えてもダメで、話をしているとアイデアが出てくるというのもあります。

僕は20代、30代くらいまでの間に「本当に大事な問題は何か」「一生かかって問い続けたいもの」というのを、自分なりに感じ取ることが大事だと思っています。見つけるまでは、いろんな所に飛び込んで行って、後はひたすらやる。やっぱり、やってみないとわからないわけです。やらないで避けちゃうのはマズいですよね。いろいろとやってみることが出来るのは、20代や30代なので出来るだけ早いうちからやるのが良いと思いますね。というのも、考えてみたら僕も考えてきた問題というのは、実は20代から30代前半に出そろっていて、あとはその問いを考えることを繰り返しているんです。

一方で、やりたいことというのをあまり無理して探さなくても良いと思っています。
人間にとって基本的なことは、世の中のために働いて、家族を養って、年をとって、自分の生きてきた人生を次世代に引き継いでいくということだと思います。その上で、何が人生において大事かというと、「どういう分野に自分は行かなきゃいけないか」という風に前もって考えることではなく、生きてみて、いろんなものに出会ったときに「自分が面白いと思ったものに飛び込んでいけるか」ということじゃないんですかね。職場に入って上司から来る仕事の中には、絶対に自分が判断しなきゃいけないということがときとして起こるのではないでしょうか。職場の上司や同僚とのやり取りの中で、はっとするような課題が感じ取れることがあります。そこに食いついていくんです。その時に自分らしさを発揮します。そういうことで、実は職場とか組織の全体が変わることもあると思うんです。こういう風に組織内での自分の存在を決めるべきであって、組織が自分を決める境界条件になっていると思わない方が良いですよ。大学院、研究員時代も、僕はまさにモヤモヤを抱いて現場に飛び込んで行ったんですが、そこでいろんな人に出会っているうちに、「あ、これか!」と思うものに食いついていったんです。そうすることで僕自身も「一生かかって問い続けたいもの」を見つけることが出来たし、もしかしたら相手も僕との出会いによって何か変わったかもしれません。

よそから見たら淡々とした人生に見えても、実は中ではものすごく物事が変わっていて、自分の中での充実度を感じられるというのが本来の人生なのではないかと僕は思うんですよ。そういう風なところに意味を見出していくことが大事なんじゃないですかね。多分それはこれからの日本で求められていることだとも思うんです。やっぱりただ人に言われたことを順々とやって甲斐性も何も変わらないより、どんどん変化していくという。そういう基本的な考え方を若い時に持った方が良いと思いますね。

文:中辻由紀(国際基督教大学3年)

北原和夫教授(東京理科大学)プロフィール
1946年新潟県長岡市生まれ。専門は統計物理学。東京大学理学部物理学科、同大学院を経て、ブリュッセル自由大学化学科に留学、同大学で理学博士号取得後、米MIT(マサチューセッツ工科大学)研究員になる。東京工業大学名誉教授、国際基督教大学名誉教授。著書に『プリゴジンの考えてきたこと』等がある。現在は理科教育に尽力するほか、日本学術会議において「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」でも活動中。