つながるコンテンツ

智のフィールドを拓く トビタつための星 可能性を照らす道 未来を探るひきだし 明日へとつなぐ鍵 変化をひらくドア 研究の壁をこえたとき Moyapedia
おとなりの研究者
北海道大学
大学院理学研究院
教授

武蔵野大学
工学部 数理工学科
教授

大阪電気通信大学
工学部 基礎理工学科
教授

龍谷大学
理工学部 数理情報学科
教授

旭川医科大学
医学部

つながるコンテンツ
明日へとつなぐ鍵Ⅵ

数学、越えていくためのツール。

東北大学
西浦廉政 教授

20世紀後半以降、分野の発達の一方で、他の諸科学の方法的な基盤としても広く役割を担ってきた「数学」。数学は、社会の中でどのような役割を果たしてきたのか、また実際の学際的な研究活動の中で、諸科学とどうコラボレーションしていくのか?東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR, 小谷元子機構長)で、またJST「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」領域研究統括として、このような課題に取り組む数学者、西浦廉政教授を仙台の研究室に訪ねた。

フュージョンはめったに成功しない!?

東北大学には、世界最先端の材料研究の実験チームがたくさんあるんです。ここに数学を組み込んだAIMRに、僕は数学ユニットのリーダーとして2012年の2月に来ました。数学とはまったく無関係なこの「原子分子材料」のチームと何かできないか、と。ふつう、そういうフュージョンはめったに成功しません(笑)。というのも、実験系の研究室ではふつう教授などの下に、たくさんの学生や研究者がいて、この人材に支えられて実験を進めていきます。どうしても分野ごとに縦割りの構造になるんですね。そこで小谷機構長を中心として僕らはまず組織として、横に自由に行き来できる渡り廊下を作ってしまおうと考えました。

この渡り廊下を行き来して、実験系のいろんな人たちと数学ユニットをつなぐ役割を果たすのが、30代の若い研究者6人から成る「インターフェースユニット」です。それぞれ数学、計算科学理論物理化学などのバックグラウンドを持ち、特定の研究室に属さず、自らの責任で「この先生の研究は面白いな」と思ったらディスカッションしたりして、協力し合いながら研究を進めていく。非常に幅広い研究分野に参加する機会があって、しかも若い人たちを駆動力にして研究を進めるという、世界的にもたいへん珍しい体制です。時限研究ではありますが、チャレンジする人には最高の場所ではないかと自負しています。

またそれ以外にも、せっかく世界最先端の材料の実験チームとひとつ屋根の下にいるわけですから「その問題だったらこんな人がいるよ」とか「こっちの実験室でも似たことに興味を持っているよ」といったアレンジをするのが、私などシニアの役割だと思っています。環境を整えたり、雰囲気作りや話し相手になったり……研究者の意識が変わっていくことが、一番肝心なところだと思います。そのような中で、萌芽的なものを含め、すでにいろんな成果が出始めています。

ヘテロなものを取り込むことで面白いものが出る

そもそもなぜ材料科学の研究所に数学が要るのかといえば、研究者はみんなやっぱりブレークスルーの種を見つけたい、言い換えると、何か違う次元を発見したいと考えているわけです。ところが二次元平面に住んでいる人間は、平面上を右往左往していて、ふと「上があるじゃないか」という発想にはなかなか至りません。しかし上を見たならば、そこにもう1つ次元があって、1つどころか次元なんていくらでもあるよ、と言えるのが数学者だと思うんです。数学は、実験を支えている物や実体から離れて、イマジナリーに─数学のルールの中での整合性さえ守れば─自由に考えることができる場を提供してくれます。

ちなみに今年は数学者アラン・チューリングの生誕百周年に当たりますが、彼は有名な「チューリングマシン」を通じて、考えるということはどういうことかという問題を考えました。これがなければ今の計算機とその産業のほとんどは生まれてこなかったでしょう。ところが百年も経つと、数学者がそういうドアを開いたということは、どうも忘れ去られてしまう(笑)。歴史的に見れば、数学者の頭の中で作られたものが何十、何百年後に何らかの実験とつながって、そこから新しいビジネスが拡がったというのは、結構よくあることなんです。

しかしどんなに天才的な数学のアイデアも、まったく新しいものが空中から出来るわけでは決してない、と僕は思っています。そうではなくて既存の概念と概念の、妙なる、思わぬ組み合わせ。たとえば人とディスカッションしているときに、その考えが別のある考えに似ていると気づいて、「なんで似てるのかなあ?」と考え始める……といったところにきっかけがあります。特に若い時にはなるべく数学の外の世界にさらされて、物理ではこんなことが困っている、生命科学ではこんなことがわからない、と体験することが必要ですね。材料で言えば、たとえば和紙。現在はどうしても重厚なハイテク材料が主流ですが、和紙的な感触や味わいを持った材料といった発想も必要でしょう。ヘテロな物を取り込むことで、面白いものが出るというのは、常に「真」だと思いますね。

「風が吹けば桶屋が儲かる」世界で

これからは特に、数学が人間とどう関わるのか、その関係を考えなければならないだろうと考えています。現代は不確定性というか、物質的にはある程度充足しているのに、自分の将来が保証されていないような不安感がある。いろんな人が考えている問題ですが、最大の原因は地球が有限であるにかかわらず、人間の欲望は無限に膨らむということでしょうね。問題の根源に、この有限と無限のギャップがある。

数学や物理の世界では、方程式なり、理論や考え方の枠組みがきちっとあって、それに則って個々の原子や分子は振る舞っていると考えることができます。しかし、今われわれが直面している経済問題、温暖化貧困などのかなりの部分は、それを基に数学的モデルを作れば、答えが引き出せるような、拠って立つべきバイブルがないわけですね。電力節約しよう……と言っても、それはエネルギー問題になり、石油原子力から全世界へとつながっていき、原因と結果が閉じることがない。「風が吹けば桶屋が儲かる」と言いますが、今や被害者と加害者が単純な図式に収まるようなことはないわけです。この複雑な世界をなんとか理解したい─その時に、やはり、数学がいままで何百年と準備してきた概念の宝庫が、役に立つのではないだろうか。解くべき発想のタネが隠れているんじゃないかと思うんです。

もちろん、このような演繹的な方法だけでなく、津波地震感染症伝搬などの解析予測のように、生のデータを逐次採り入れた帰納的な方法も、両方必要です。けれどもやっぱり数学者は、なんかもっと構造的な理由があるのではないか、というところが気になります。数値計算の結果からどういう構造を見抜くのか、もやっとしたところをなんとか突き止めたい、考え抜きたい。それは、計算機で解けたからそれでよいというのとはまったく違うプロセスで、これを考えるには非常に時間がかかりますね。残念ながらアイデアの99%は朝起きたらダメだったというものばかりですが、でもそのプロセスがないと、飛躍できません。