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未来を探るひきだしⅦ

リケジョ100年を迎えて。

東北大学
大隅典子 教授

発達発生にかかわる遺伝子Pax6」などの研究で知られる東北大学の大隅典子教授。「スピード・変化・自由」という3つの言葉を座右の銘として研究に邁進するかたわら、男女共同参画や、理系女子すなわち「リケジョ」育成に力を注ぐ。特に今年は日本で初めて東北大学に女子学生が誕生してから100年という記念の年にあたり、シンポジウムや展示会などのイベントも盛りだくさんとのこと。そこで今回は男女共同参画に関わる取り組みを中心に、大隅教授にお伺いした。

脳の発生・発達を考える

受精卵から赤ちゃんができあがってくるときに、脳がゆっくりと時間をかけてつくられてくるわけですけれども、それがどんなふうなしくみなのか、遺伝的・環境的の両方の側面から知りたいと考えています。また脳の発生・発達において、ほんのちょっとだけボタンが掛け違ってしまったというような非常に軽微な異常が、大人になってから心の病が発症しやすくなる前提条件になっているのではないか、という考え方がだんだん出てきています。心の病とは精神疾患統合失調症分裂病、あるいは自閉症といったものですね。人間の脳ですから社会的な側面などいろいろな原因が考えられますが、遺伝学的・生物学的な側面がわかると、お薬の開発につながってくる。発症しやすいことがわかれば、より早期に、手篤いケアができるといったことにつながりますね。

たとえば今年の4月に発表したマウスを用いた論文では、生まれた時点で心の病を発症しやすい遺伝的要因を持っていても、思春期までの発達のしかたによっては、発症を免れることができる可能性があるといったことを論じています。治療を早く始めることによって、なんとか思春期までぐらいにキャッチアップできれば、発症を防げる可能性がある。みなさん遺伝子というと、自分の運命が書き込まれているというふうに思いがちですけれども、DNAの配列そのものは変わらなくても、栄養や運動、あるいはストレスといった環境的な要因によって、遺伝子の働き方、使われ方は変わってくるんですね。

発生発達神経科学という分野は、大学院〜助手の頃まではピュアな基礎研究だと思っていたのですが、発生というしくみを時間的にずっと追っていくとその先に、研究が役立つ応用の可能性が見えてくることに気づきました。今、私がとても興味を持っているのは、自閉症の発症に関する世代を超えた影響という問題です。最近、自閉症や「注意欠陥・多動性障害ADHD)」などの発達障害の子どもの数がすごく増えていて、もしかすると父親の加齢と生まれた子どもの自閉症の発症率の間には関係があるかもしれない……そんなあたりを追いかけています。

サイエンス・エンジェルたちのバトン

仙台に来て約15年になるんですけれども、教授になって最初の1、2年は研究室の立ち上げが大変で、少し落ち着いたときにちょうど東北大学で文系の先生方を中心に男女共同参画が立ち上がってきました。私は理系で何か出来ることはないかと思い、文科省支援のプロジェクト「杜の都女性研究者ハードリング支援事業」がスタートしたのが、2006年のことです。これは女性がキャリアを続けていくためのハードルを越えるお手伝いをしましょうというもので、学内保育園を作ったり、ベビーシッターの経費を補助したりしました。

それから「杜の都ジャンプアップ事業 for 2013」5ヵ年のプログラムが始まりました。こちらは女性のリーダー養成を目指していて、ちょっとドラクロワ風に自由の旗を掲げる女性のイメージで、ロゴマークを作りました。講演会や、キャリアを続けていく上での工夫を話し合う講習会などを行って、女性研究者の能力・職階のジャンプアップを図ろうという活動です。これと同時に次世代の子どもたちやその親たちに「リケジョ」が身近にいることを知ってもらい、すそ野拡大を目指す「東北大学サイエンス・エンジェル」の活動もスタートしました。

エンジェルたちは院生以上のリケジョの中から、子どもたちに科学を教えることなどにやりがいを持つ人に、自分から手を挙げてもらい、総長から任命を受けて活動してもらう制度です。理系で、しかもコミュニケーション能力が高い子たちが集まっていますね。また理学工学数学生物医学……といろんな分野がありますから、活動を通じてヨコのつながりも形成されます。「15年、20年後にキャリアを続けていたら、今つくった人脈がすごく役立つよ」とよく話しているんですけれども、実際、なかなか長期戦です。今年は高校生の時にサイエンス・エンジェルのレクチャーを受けたという子が大学に進学し、しかも理系に進んで、ついにサイエンス・エンジェルになったのが嬉しいですね。

男女参画の問題をどう捉えるか

生物学から考えると地球上に生命体が生まれ、「有性生殖」という、わざわざ生殖細胞を2つに分けてゲノム情報を組み替え、遺伝的な多様性を増やすようなしくみができあがり、長い進化の過程を経て今日繁栄しているヒトという生き物につながっている。ですからオス・メス、男性女性というのは違っていて当然だし、むしろ違っていることが、新しいクリエイティブなものを作り出していくときにすごく大事なんだ、と私は考えています。けれども今までのフェミニズムは、どちらかというと男女同権がベースにあります。もちろん法律的に同権でなければなりませんが、たとえば今のところはどうしたって子どもを産むのは女性ですね。生物学的に違うところに繁栄のためのヒントや鍵があるわけだから、それが活かされるような世の中であるべきだということを、みなさんにもっと知っていただきたい。違いを前提とした上で、だけど違うからこそ一緒にやる、協働の意味があるんだって。

最近、『なぜ理系に進む女性は少ないのか?』という本を翻訳したのですが、これには男女の違いに関するいろいろな科学的事実が書かれています。ただ、これらの科学的な事実は、男女の能力差のような現象に、1対1対応するかのように簡単に結びつくものではない、という点には注意が必要です。そしてもう1点、原因としての事実も、結果としての現象も、たいていは平均値で論じられているということです。たとえばふつうの男性は、トップアスリートの女性の選手よりも速く走れないですよね。しかし平均値では男性のほうが女性より速い。実際には人それぞれみんな「ばらつき」があって、それぞれの能力についていろいろな違いがあるんですね。

東北大学では現在、学生の女子比率が25.1%、教員では12.6%、教員のうち助教・助手を除くと7.9%というのが現状です(2013年5月1日現在)。いかにも女性が少ないと思いますが、一方で、理系を目指す女性と男性が50・50になるかどうかというのは、やってみなければわからない。しかし現状では、たとえば中学生の女の子が先生に「女子は理系へ行ってもダメだ」と言われて夢をあきらめてしまうといったことがあるかもしれませんね? そこを自分の行きたい職業が自然に選択できるようにする、というところまでは持ち上げたいと考えています。

研究という大海原へ漕ぎだすには。

私自身は、実は雑誌編集してみたいとか、建築家になりたいと思ったこともあったし、料亭の女将もいいなとか(笑)、いろんな職業をやりたかったタイプなんですね。たまたま父がクジラの、母が酵母菌の研究者だったので、そんな生活を横で見てきたから、もし自分もそういうチャンスがあったらやれるかなと思った。私が研究者を選んだ理由を集約すれば、職業として魅力があったことと、なおかつ身近にロールモデルがいたからではないかと思うんです。もし自分のまわりにまったくそういう人がいなかったら、ものすごくハードルが高いと思ったかもしれないですよね。

この分野は「歩留まり悪すぎ!」というか(笑)、こつこつ積み上げるなんてやっていられない、という人には続けられません。そういう意味では楽観的でないといけないし、同時に「ほんとにこれでいいの?」という批判をいつも自分に向けていなければいけない。そのバランスが必要ですね。楽観的すぎると客観的な目が育たないし、批判ばっかりしていても前に進まない。

そのためにはやはり若いときに、いかに小さな成功体験をちょっとずつ積んでもらうかが大切だと考えています。オールの使い方はこうだよ、海図はこう読むんだよというように話して、自分で航海するために必要な スキルを身に付けてもらうのが大学院の時代だと思う。最近は、みんなで船に乗って大きな宝があるところを目指そうという傾向がサイエンス全体にあって、生物学領域も例外ではありません。そうなるとやはり、この方角で間違いないんだということを、船長さんがどうやってみんなに信じさせるかが、大事なのかもしれない。けれどももう少し一人一人の力が大切で、どっちへ向いて漕ぎだして行きたいかは自分で決めるべきだと、私は考えています。