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可能性を照らす道Ⅷ

紙吹雪みたいなセンサーを世界に撒こう。

東京大学
川原圭博 准教授

IoT(Internet of Things)と言われる現代、コンピュータとリアルワールドとの接点から、今までにない発想の「ものづくり」が生まれるチャンスがある─”ユビキタス”の視点から、イノベーションに、魅力的な技術の種を撒く研究を進める、東京大学大学院情報理工学系研究科 川原圭博准教授。家庭用インクジェットプリンタを使って安く手軽に基板をプリントできる新方式や、これを農業に活用した土に還るセンサー、さらには電磁波が行き交う都市環境そのものを電力資源と捉え、うまく電気を取りだそうという「エナジー・ハーベスティング」等の開発を手がける。初秋の本郷に、川原准教授を訪ねた。

小さなコンピュータで情報を集める。

私の専門である「ユビキタス・コンピューティング」とは、そもそも1990年頃にアメリカのマーク・ワイザー(Mark Weiser)が考えたコンセプトです。1人100台ぐらいのコンピュータに支えられて生きるとしたら、それはどういう時代なんだろう、と。当時、これからいろんなものがネットの中へ入っていき、買い物から情報交換まですべて仮想空間で済ませてしまおうといったムードがあって、私が研究を始めたのはちょうどその頃だったんです。しかしユビキタスとは、要するにコンピュータを実空間にばら撒くということ。そこにあるいろんな物理的な制約条件とどう折り合いをつけてコンピュータに仕事をさせるのか、むしろ物理空間と仮想空間のインタラクションというテーマのほうが、私はおもしろいと思いました。

それから約25年来、ユビキタスの研究が行われていますが、私が考えているのは、コンピュータが極小さく、ほんのゴマ粒ぐらいの大きさになったら何ができるか、ということ。見えるか見えないかわからないくらいのすごく小さなセンサーを文字通り「ばら撒い」て、そこから得られた情報によって世の中をよくしようというのが、大きなコンセプトになります。

iPhoneは確かにクールだけど、世界じゅうにばら撒くとしたら、高すぎますね(笑)。そこでもしチープなコンピュータが、紙みたいなもので安く作れたらどうだろうか?……そんな発想から、家庭用インクジェットプリンタを使って安く手軽に基板をプリントできる「Instant Inkjet Circuits」という技術が生まれました。三菱製紙株式会社が開発した化学焼結可能なインクを基に、これを使って家庭用インクジェットプリンタで専用紙に印刷するだけで、安全にフレキシブルな電子回路基板が作れる技術です。LEDを光らせたりするだけでなく、高精度な静電容量センサー、ガスセンサーアンテナなどもいろいろ作れます。印刷した紙がそのまま電子回路になる─やってみると楽しいので、MITのメンバーと連携してワークショップを開催し、いろんな方に体験してもらっています。

ビッグデータ活用で農業が変わる。

最近、私たちの研究室では、このような手軽な印刷技術で使い捨てできるセンサーを作ることに特に力を入れていて、その具体例として、農学系の研究室との共同プロジェクトを進めています。昨今アメリカを中心に水の利権を州同士で争うような事態がちらほら起きています……2012年にはジョージア州が水を使い過ぎたために、その下流にある汽水域牡蠣の養殖が盛んなフロリダ州が、水不足による損害を受けました。アメリカでは、実は畑において使える水の量が穀物などの収穫高を左右していると言っても過言ではありません。そこで畑の一角にセンサーを取り付けて、土の湿り気具合を測ったり、肥料を調整したり、また収穫量も刈り取る時にGSPと連動して畑のどの場所でどれだけ収穫したかを計測するといった取り組みがすでに行われています。

データをとってみると、実際にはなんと20〜30%ぐらい水をやりすぎていることが明らかになりました。そこで私たちは1個1,000円ぐらいで半年程度の耐久性があり、そのうちに壊れたら土に混ざってくれるような、低コストで環境負荷の少ないセンサーネットワークの実現を目指しています。これなら10個、100個と畑じゅうに設置でき、畑全体を平均して豊作・凶作というのではなく、肥料や水やりの費用対効果を見て、来年もっと儲かるにはどうすればよいかが可視化できる。究極的には小麦のひと粒ひと粒に対応するビッグデータを収集して、収穫高に結びつけることを考えています。センサーが計測したデータは、スマートフォンに送られ、リアルタイムに水やりの状況を見ることができます。

水分コントロールは、水資源活用の面だけでなく、クオリティの高い農作物のための技術として、今非常に注目されており、このような取り組みは、日本でも早急に着手すべき課題のひとつと言えるでしょう。ところで、紙と印刷した電子回路が土に還っても、電池を使っているとそれ自体が有害であったり、電池交換するにも大きな手間がかかったりします。このシステムでは電池を使うタイプ(写真参照)と、無線で電力を供給するタイプを用意していますが、できればそのへんにあるエネルギーを使ってほしいですよね?……そこで「エナジー・ハーベスティング」という技術が重要になってきます。

電磁波にあふれる空間からエネルギーを"収穫"する。

CPUやメモリの著しい向上に比べれば,電池の性能は、ほとんど伸びていないと言っても過言ではありません。コンピュータにはどうしても電力が必要ですから、身の回りの環境からなんとかエネルギーを"収穫"していこうというのが「エナジー・ハーベスティング」という技術です。

そういう視点で見ると、結構いろんなものからエネルギーとれる。太陽光発電のように光から、振動、またダイナモ発電のように人の動きのようなものからもとれるし、家の中では、たとえば電子レンジの正面からも1ミリワット程度のごく少量の電磁波が漏れています。そこで電磁波を蓄電素子に溜め、ボタン電池の代わりに使える「レクテナ」という装置も作って、実験してみたところ、電子レンジを10秒オンにしただけで、レクテナにつないだキッチンタイマーが何分も動作しました。さまざまな電子機器が必要とする電力には量的に大きなばらつきがありますが、室内の温度を測るとか、照明をオン・オフさせるといった作業なら1ミリワット以下のエネルギーで十分と言えるでしょう。屋外であれば、都内のいろんなところに計測器を持っていって計測したところ、東京スカイツリーが稼動する前のデータですが、東京タワーの近くには強いテレビ電波が観測され、また携帯電話の周波数帯域では、人がたくさん集まる駅などが強めであることなどがわかりました。

今後3年ぐらいは、このような情報技術の開発だけではなく、私たちは技術に出会ったことでものづくりを始めようと思ったという人を支援していこう、と考えているんです。たとえばiPhone以前の携帯電話では、特定の事業者がつくる決まったアプリしか提供されなかった。ところがiPhoneの新しいOS技術が、アイデアひとつで参入することを可能にしたわけです。ものづくりは誰にでも、中学生にだってできる─研究シーズを一般に開放することで、そのような新しいものづくりの流れを推し進めるような研究をしたいですね。