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おとなりの研究者
函館工業高等専門学校
一般理数系
教授

東京理科大学
工学部第一部 工業化学科
教授,名誉教授

鳥取大学
工学部 精密合成化学 鳥取大学大学院工学研究科化学・生物応用工学専攻
助教授・准教授

つながるコンテンツ;智のフィールドを拓くⅣ

就職率100%。産業界は、なぜ高専の教育を評価するのか?

函館工業高等専門学校 副校長

小林淳哉 教授

「高専」のことをご存じだろうか? 実践的な教育を行い、卒業生は産業界からも高い評価を得ている高等専門学校。一般の高校や大学とは異なる教育システムを持つ高専は、何を目指し、どのような教育を行っているのか。

“kosen”という独特のシステム

工学を学ぶ学生たちが、アイデアと技術を駆使してロボット開発に取り組む。それを自ら操作して目的の達成度を競う「ロボットコンテスト」。対戦形式の緊張感と学生たちのひたむきな姿が人気を呼び、「ロボコン」の愛称でも親しまれる。ここには、大学の工学部などと並んで高専の学生たちがたびたび登場する。実は、ものづくりの現場では、数多くの高専出身者が活躍しているのである。

高専とは高等専門学校のことで、中学校卒業後の15歳から20歳までの5年間、一貫教育を行う高等教育機関である。全国に51の国立高専があるほか、公立と私立の高専がそれぞれ3校。工学系と商船系があり、工学系は機械工学、電気工学、電子制御工学、物質工学、建築、環境都市工学などのコースに分かれている。このほかにも、経営情報学科、情報デザイン学科、コミュニケーション情報学科、国際流通学科などを設置している学校もある。一方の商船系は、航海コースと機関コースがあり、修学年数は5年6カ月。いずれも卒業生の企業側からの評価は高く、就職率はほぼ毎年100%という水準を維持している。

2009年に発表されたOECD*の『高等教育政策レビュー:日本』には“kosen”という記述が数カ所出てくる。「高専」である。日本には、大学、短期大学、専門学校、そして高専を合わせて4000校以上の高等教育機関があるが、社会への利益還元の最適化が十分とは言えないとした上で、その唯一の例外が高専であるという。そして、教育レベルの高さに加え製造業を中心とした日本の産業ニーズに迅速に対応できることから、国際的な評価も高いと報告している。報告書ではまた、最終的に学士の学位取得への道も開いており、社会・経済的に低い階層にいる学生に対しての社会における広いチャンスを提供していることも、高評価の背景だとしている。高専全体が効率的かつ総合的に計画されており、教育方法の革新性とステークホルダーへのアンテナの鋭さを有し、その結果として質の高い技術者を社会に送り出していると分析している。

文部科学省の「大学における実践的な技術者教育のあり方に関する協力者会議」では“社会の要請に応える質の高い技術者”を「数学、自然科学の知識を用いて、公衆の健康・安全への考慮、文化的、社会的及び環境的な考慮を行い、人類のために設計、開発、イノベーション又は解決の活動を担う専門的職業人」と定義する。この報告の対象は大学での技術者教育であり、必ずしも高専を想定したものではない。しかし、(独)国立高等専門学校機構が定めたモデルコアカリキュラムではこの考え方を導入。大学の工学系学士課程と同等以上の能力を有する人材育成を目標としているというところは、高専の志の高さと覚悟を感じるものである。

*Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構


◎実課題の解決方法を提案する授業

高専の教育内容は、高等教育と職業教育を緩やかにつなぎ、高い教養と実践的なスキルを身につけさせることに重点を置いている。つまり、高校、大学と同様の教養教育と、社会で実践的に使えるスキルを磨くカリキュラムを同時に用意し、学生はその両方を身につけて社会に送り出されるのである。

実際どのような授業が行われているのか、函館工業高等専門学校を訪ねてみた。ここで行われている授業は、企業などから実社会における課題を受け、その解決のため企画から納品までを学生たちの手で行うという実践的なものである。専攻科の1、2年生の共通授業で、専門分野の異なる学生が3~4名のチームとなって取り組む。

課題は、函館の地元企業や行政などから出されたもので、学生に求められるのは実際に業務に反映できるものとして受け入れられる提案だ。例えば「産業廃棄物として処理されている浄水場から発生する浄水発生土の有効な活用方法」「大沼公園(函館市に隣接する七飯町にある国定公園)にある湖の水質浄化の方法」「函館市で開催されるソーラーカヌー大会に出場するためのソーラーカヌーの設計・製作」、「印刷所で発生する断裁紙を効率的に回収する方法」などだ。提案元を「クライアント」と呼んでいることからも、社会で働くことを学生たちに意識させている。そのため、模擬授業や演習などとは異なる緊張感と厳しさを求められる。

課題の解決は、まずはクライアントが求める課題の意味を理解することから始まる。そして、目的を定め達成すべき事柄を明らかにする。これを企画書にまとめクライアントに向けてのプレゼンテーション。認められれば、次の段階に進む。段階ごとに週報、月例報告会が設定され、進捗の報告を行うというきめの細かさである。

◎地域と技術の関わりにも貢献する授業設計

この授業を行っている小林淳哉教授は、「クライアントから出される課題は『浄水場から出る浄水発生土の処理にお金がかかる。いい方法はないか?』『ビニールハウスの様子を知りたいが、よい技術を開発してほしい』など比較的漠然としていることが多い」と話す。その問いを自分なりに咀嚼し、本当に求めているものはなんなのか、問いを具体化することが必要なのだという。「いい方法」とは何を意味しているのか? 浄水発生土の処理費用を削減したいのか、さらに利益を生み出したいのか? 浄水発生土を使って製品を開発したら、その需要はあるのか? その技術は汎用性があるか? その事業は参入しやすく、継続性が見込めるのか? といったことまで考えなければならない。また、「ビニールハウスの様子」とは何を指しているのか? それを知ることによって、どんな作業を行いたいと思っているのか? など、与えられた課題に技術者としてどう対応するか、具体的な課題発見に取り組むのである。

クライアントや関連機関とのコミュニケーションも重要である。湖の浄化に関する課題では、汚染の原因を明らかにすることは欠かせない。しかし、農業を由来とするリンの除去を提案するとき「汚染の原因は、農業廃水である」という言い方をしていては、酪農農家の反感をかってしまうかもしれない。北海道は酪農王国。地元の産業に関わる人たちとの円滑な関係構築は、技術者にとっても重要な課題だ。「科学的に正しい事実を述べるだけではなく、事業を円滑に進めるために必要な言い方、伝え方を鍛えることも大切なのです。そうしたことが組み込まれた授業によって、学生が鍛えられる」と小林さんは考えている。この授業では、知識はもちろん、課題発見力、チームワーク力、コミュニケーションスキル、情報収集・活用・発信力、そして高い倫理観など、すべてが評価の対象となっている。

教員のほかに、企業でさまざまなものづくりに携わってきた実務経験者である現役技術者や退職技術者ら「マイスター」が指導に当たっていることも、大きな特徴である。月例報告会では、教員、マイスターらの前で、自らのプランを発表する。

一方、この取り組みは地元の企業にもメリットがある。ほとんどが中小企業という函館市の会社の多くは、研究部門を持たない。新たな製品やシステムの研究、開発機関としても高専が機能しうるというわけだ。こうして、教育でありながら学校が地域経済に貢献する姿も浮かび上がる。それだけに、成果を出すことは必須条件。「高専はロボコンで有名でその教育的効果も大きいが、この授業はチャレンジだけでは終わらない。『必死でがんばったから、青春のいい思い出』だけではすまないところに価値がある」という小林さんの言葉には、技術者教育の本質が窺える。