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本をパラパラめくってスキャンするなんて……その気になれば誰でも思いつく話ですよね? 僕も思いついた当初は「これはたぶん世界で100人ぐらい考えているから、速くやらないと!」という感じで、すごく一生懸命やりました(笑)。

アイデアというのは、意外にも、技術がなくても思いつくことができます。ただ技術がないと良い方法論を思いつけないんですね。純粋にアイデアだけを考えれば、工学者は誰と争っているのかというと、もしかしたらSF作家とか、そういった方たちなのかもしれない。実際、後から知ったのですが、今回のスキャンの方式も、似たようなことを行うロボットが過去のSF映画に登場していたのを見て驚いたということがありました。

また工学は、どうしてもシステムを統合していかなければなりません。するとたいがい一人ではできなくて、それぞれの分野の専門家を連れてくる必要があります。ブックスキャンでは、僕も最初はとはいったいどういうものなのか知らなかったし、どういう紙に対応すればニーズがあるのかといったこともわかりませんでした。そういったことをなるべく初期の段階で問いかける、ブランド力のある新技術の創造に特化した情報共有のプラットフォームみたいなものがあればいいなと思います。一般の人たちがたまに見て、わくわく楽しめるような、あるいは企業の人たちが見て、ちょっと話を聞きに来るといったことができる場所ですね。メーカー1社、研究室1つといった単位ではなく、日本全体をひとつの会社だと考えたときに大学がその研究所にあたるようなイメージで、有機的につながっていけたら、と考えています。

さて、米カーネギーメロン大学の金出先生のご著書で『素人のように考え、玄人として実行するー問題解決のメタ技術』は、"発想自体が素人発想の単純でもいいんですよ"というところが、ずっと心の支えになっている一冊です。「なんとなく思いついたことを形にしてもいいですよ」と教えてくださっていることが、すごく僕にプラスになっていますね。

金出 武雄
PHP研究所   2004年11月   ISBN-13: 978-4569662879


それから、これは教養学部で科学史の勉強をしたときに読んだ『科学革命の構造』も、ぜひ一読をお勧めしたい書物です。科学の発展を論理立ててちゃんと説明してくださっているのがすごく新鮮で、それと同時にテーマである「パラダイムシフト」が、読んでみるとばんばん起こっていることがわかる(笑)。科学の分野でこれだけ変わるなら、工学はもっと変わるのでは?……と、自分の研究の立ち位置を決める上で参考になったところがあります。

トーマス・クーン (著), 中山 茂 (翻訳)
みすず書房   1971年1月   ISBN-13: 978-4622016670


もう一冊、若くして亡くなられたSF作家・伊藤計劃さんの小説『ハーモニー』です。1つの未来技術を軸に、それによってどう世界が変わるかが、広く描かれています。工学者はやはり、SFとリアルの境界線のようなところに新しい理屈をつくらなければならない。これを読むと思想的にもっと広く技術を見なければならない、ということを強く感じますね。

伊藤 計劃 (著)
早川書房   2010年12月   ISBN-13: 978-4150310196