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試し終わらない毎日。

理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
若山照彦 博士

今回は、クローン羊「ドリー」に続き、1997年哺乳類第2にあたるクローンマウスを生み出した若山照彦博士を、神戸・理化学研究所にたずねた。ご専門は、発生生物学。その後も、16年間冷凍保存されていたマウスの凍結死体から元気なクローンマウスを誕生させ、さらにこの技術を使ったマンモス復活の可能性を示すなど、常にクローン技術の難題に挑む若山博士に、研究室での日々の取り組みについておうかがいした。

マイクロマニピュレータは神の手なんかじゃない

「クローン」という語は、元来「挿し木」の意味を持っていて、植物では自然界にふつうに見られるものなんですね。たとえば竹林や群生するセイヨウタンポポがそうですし、農業や園芸に欠かせない技術でもあります。一方動物では、自然にできるクローンに一卵性双生児がありますが、人工的には、1996年にスコットランドのロスリン研究所で生まれた羊のドリーが世界初ですね。正確に言えば、ドリー以前には、カエルでも成功していなかったんです。

現在、僕の研究室では、マイクロマニュピュレータという機械を使ってマウスの卵子から核を抜き、作ったクローン胚を入れる実験を午前の日課にしています。マウスの卵子は、人の髪の毛の断面よりもやや小さい、80マイクロメーターぐらいのサイズ。でもマイクロマニピュレータを使うと手の動きをマイクロサイズの微細な動きに換えてくれるため、顕微鏡を見ながらいわばサッカーボールを扱っているような感覚で、操作ができるようになっています。3ヶ月ぐらい訓練すれば、手でできることは何でもできる機械です。しかし1日に100、200個と作業すると、集中するのでかなり疲れるんですね。昼にひと息入れて、夕方からは作ったクローン胚をマウスの子宮内へ移植するというのが研究室の通常スケジュールになっています。

不妊治療で自然には受精できない患者さんの受精卵を作るのにも、この機械が使われています。この場合、卵子と精子の受精を助けているだけで、出来た受精卵は自然に作られたものと変わらないし、受精後も自然なプロセスで生まれてくる。僕らとしては、この受精卵がクローン胚に代わっただけで、まったく同じものを作っているんだという感覚を持っていますね。

原因は何か? それを考える情報が足りない

ただしクローンというのは、現時点では技術が未完成なため、異常なものなんです。そもそも生まれてくるのがおよそ2%から5%というたいへん低い確率で、このうち生まれてきた時に外見的に正常に見えるのが約半数。しかしそれらも将来大きくなるにつれて何かしら異常が出てきたりして、早く死んでしまったりします。遺伝子発現を網羅的に調べると、どこかに必ず異常がある。そこで、どうしたら正常なクローンマウスを作れるかというのが、僕らの大きな目標になります。

たとえば人体の場合、約60兆個の細胞からできていると言われますが、その元をたどれば受精卵という1つの細胞に帰着します。ところがクローン胚は皮膚などの体細胞から作りますので、一度皮膚まで分化してしまったものを受精卵という初期状態まで戻すのが、難しいんです。高いところからボールを転がしてみるけれども、どこへ落ちるか分からない、そんな感じですね。しかも複数のクローンに共通する特定の異常というものがないため、原因を突き止めようにも関連づけようがない。可能性としては、たとえ同じ組織からとった細胞でも、個々の細胞それぞれが微妙に異なった遺伝子の状態になっていて、この細胞を選んだらこのように分化していく、と決まっているということも考えられますね。しかし、もしそうだとしても、現時点ではその「どれ」が選べない。情報が足りないわけです。

研究所内にも分子生物学の共同研究者がいますが、理論の仮説を作るにも、研究の材料になる情報が必要です。まずそれを最初に作る人間がいなければならない。そこで僕らはもう思いついたアイデアはすぐ試し、クローン作製に効果があるか確かめます。ほとんどの場合全く効果はなく、試行錯誤の連続です。

たまごがあったら立ててみる

実は今、一般に「効果がない」と言われているほうを試そう、という方向へ進んで来ているんです。つまり常識と違うほうへ行くと、答えに近づいてくる(笑)。たとえば最初の頃はクローン胚を作る元の細胞は新鮮なほうがいいと考えていたのですが、最近では多少ダメージがあったほうがいいんじゃないかというところへ来ています。これは自然界の精子や卵子では核にダメージがあっても受精卵の段階で修復されていく点に着眼したものなんですが、常識的に考えればダメージがあるほうがいいなんて意外ですよね。まあこれは一例であって、まだ思いついていないアイデアがいっぱい残っている─そのためには常にアイディアを出し続け、毎日何百も核移植をやらなければ、試し終わらないんです。

最近、取り組んでいるのは、マウスの毛皮からクローン胚を作ろうという研究です。毛皮はカラカラに乾燥していますから、細胞としては壊れていますが、核にある遺伝子の情報は取り出すことができる。そこでまず細胞をつぶして、ばらばらにした状態から核を選ぶんですけれども、いかにして核を選ぶかも経験というか、勉強ですね。そもそも核を選ぶことができた確率が50%程度かもしれないし、核だってたぶん壊れているでしょう。でも100個移植すれば、そのうち2、3個はダメージの少ない核があるかもしれない。1個でも2個でも、とにかく発生してしまえば僕らの勝ちなんです。

クローンの応用という点から見れば、現時点でもうだいぶ近いところまで来ているんですよ。これは牛への応用例ですが、ホルスタインに神戸牛のクローン胚を移植して出産させるようにすれば、酪農家にとっては生まれてくるのは高く売れる肉牛で、しかも母親は出産したことでミルクが絞れるようになる。あと10年もすれば、スーパーでいちばん安くておいしい肉はクローン牛になるというくらい、日常的で不可欠な技術になるのではないかと考えています。