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おとなりの研究者
東京工業大学
科学技術創成研究院
教授

旧所属 東京工業大学 応用セラミックス研究所
助教

九州工業大学
大学院工学研究院 物質工学研究系
准教授

北海道大学
電子科学研究所 物質科学研究部門
教授

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変化をひらくドアIX

材料が役に立つってどういうことだろう。

東京工業大学
細野秀雄 教授

今回は、世界を驚かせる数々の材料を生み出し、その比類のない成果に現代の“錬金術師”とも呼ばれる、東京工業大学 フロンティア研究センター&応用セラミックス研究所の細野秀雄教授を訪ねた。1990年代、透明なガラスでありながら電気を通すという、一見矛盾したふたつの機能を持つ画期的な材料「透明アモルファス酸化物半導体」を実現し、2002年にはなんとセメントを構成する成分の酸化物を半導体に。さらに2008年には「鉄ニクタイド系」と呼ばれる初めての系統で、銅系に次ぐ高い転移温度の超伝導体を発見した細野教授─横浜市・すずかけ台キャンパスにある研究室で、お話をうかがった。

細野さん、ここはガラスの会議じゃないよ。

なぜ透明なものをやろうと思ったかというと、僕はガラスとか水とか、透明なものが大好きだからなんです。たとえばウイスキーのタンブラーの底の厚い部分は、屈折率が高くキラキラしていて、なかなかきれいですよね。僕は意外に視覚に敏感で、結構、自分の感性にかけるタイプなんです。これに電気を通したい。それはなぜかというと、現代という世の中で、物の機能の中でダントツに役に立っておもしろいのは、やっぱり半導体なんですよ。そこで透明な物質で半導体ができないかと、ずっと取り組んできました。この「電気が流れる」と「半導体になる」という2つは、実はほとんど同じ考え方で実現できるんです。

酸化物というのは、たとえば陶磁器、セメント、ガラスなどがそうですね。そんなもので半導体のまともなものができるわけない、というのが常識でした。僕はこれを1995年に神戸の国際会議で発表したんですが、「細野さん、ここは半導体の会議だよ、ガラスの会議じゃないよ」って言ってくれた方があったほどなんです(笑)。酸化物には、原子が規則正しく並んだ「結晶」と、ガラスのように並びに規則性のない「アモルファス(非晶質)」の2種類あります。このうち誰もできると思わなかったアモルファスで、世界中でわれわれのグループだけが電子が極めて動きやすいという機能を設計し、実現しました。今、この分野は世界的ブームになっています。

しかし研究が活気づくことと、材料が実際に使われるということは、ちょっと違うんですね。ところが最近になって、この透明酸化物の半導体を使って、今度は企業が本気になって大きいディスプレイをどんどん試作し始めたんです。従来のシリコン製の薄膜トランジスタでは、70インチの大画面や、小型でもiPadのような超高精細なディスプレイで高速に画面を映し出そうとすると、処理スピードが足りず残像が映ってしまう。そこでわれわれの材料が、企業が実際に製品を作っていく中で、評価されてきた。これは非常に広がりのある分野になりつつあるなあと思っています。最初に材料を作り、それが実際に使われて「あれは日本人の基礎研究の成果が元になっているんだ」というふうに製品として見えてくるのは重要だと思いますね。

必ずどこかに「しっぽ」はある。

材料の研究というのは、意外にね、全くの失敗がないんですよ。つまり物質には、いろんな側面があるんですねえ。セメントなんて世界中でたくさん使われていて、みんなが扱っています。僕の場合は、その物質をまともに、独自の見方で研究した─「錬金術」なんかじゃないですよ。そうではなくて、ただいろんなやり方、その人に合ったテーマというのがあるんだと思う。僕は孤独な研究のほうが楽で、流行ってる材料は基本的にやらないという方針ですね。しかし研究の最初から考えていたことなんていうのは、全然大したものじゃありません。そこから二転、三転していって、初めておもしろいものが出てくるんです。

たとえば藤嶋昭先生(東京理科大学学長)が発見された光触媒は、酸化チタンなんですね。酸化チタンといえば白いペンキに使われており、これを日向に置いておくと劣化する。今から思えば、光が当たると塗料の溶剤が酸化することに気づかなければいけなかったんですね。つまりタネも仕掛けもあるんです。この手のことは非常にたくさんあって、「しっぽ」は必ずどこかにあるんですよ。

それから1ついい材料ができた人というのは、その後2つ、3つ続くんですね。それは一度できると、ああこういうことなんだってわかるからなんです。ほら、あの「自転車に乗れるようになった感覚」に近い。それから材料という分野の場合は、できれば若いうちに小さくてもヒットを出した経験があるほうがいいですね。基礎研究を積んで、いくら自分ではいい研究だと思っても、周りがまったく関心を持ってくれなかったら、やはりなかなか堪えられないものですよ。

「企業」という人はいない。

世の中に起こっている現象をサイエンティフィックにみると、熱力学と統計力学で決まっている─つまり大勢は熱力学で決まり、個々人のレベルは統計力学で決まってくるというふうに理解できますね。そして、たとえば年寄りと若者の世代間の利害の対立の問題にしても、簡単に答えを出すことはできません。そういう中で本質的に物事を進めようと思ったら、正しい・正しくないではなくて、やっぱり力次第なんだろうと思います。サイエンスは論理的に詰められるのがいいところですが、ただ材料の場合は、世の中が使う・使わないという経済の部分が入ってくるので、非常に複雑ですね。

役に立つといっても、目先のことだけやっていたら、20年後には何も残らない。研究者は少なくとも5年、10年、長ければ20年ぐらい先にフォーカスします。じゃあ企業はどうしているかというと、あのね、「社会」とか「企業」という人はいないんですよ。どこかの企業の誰さんなんです。企業には社長の意見があって、社長が変われば方針だって変わるでしょう。ということは、あまり産業界の意見を聞きすぎても、なかなか答えが見つからないんです。

日本が世界の中で勝っていくのが厳しくなっているのは事実ですよね。生産の拠点が国外へ移り、そこがどんどん成長していく。すると日本は絶えずほんのわずかな差で、一歩前を走らなければいけない。そんな中で少し実用にからんだ材料の一番の目的というのは、やはり世の中の困難を解決することだと僕は思っています。1970年代の公害を振り返ると、かつては会社が儲かることと社会がよくなることが相反することが少なくなかったですね。その点、今はだいぶイコールになってきましたが、私たちの身の回りには、原発の問題も含めてたくさんの社会的困難がありますね。それに対して、学問に何ができるか。研究者の本質的欲求として、これに寄与したいと考えています。