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明日へとつなぐ鍵Ⅶ

画像で読み解く脳のエイジング

国立長寿医療研究センター研究所
中井敏晴 室長

私たちのは、どんなふうに働いているんだろう?─脳機能の解明を目指す分野は広大だが、このうちの「神経情報学」という研究を続けている、国立長寿医療研究センター研究所 神経情報画像開発研究室の中井敏晴室長。今では病院の検査のひとつとして一般的になったMRI(Magnetic Resonance Imaging, 磁気共鳴画像法)の技術にいち早く取り組み、その画像解析を手がけるかたわら、高齢化・長寿化社会の高齢者との関連を探っているという。「あいち健康の森」の一角にある研究室を訪ねた。

「fMRI」とはどういう方法か?

われわれの研究室は「神経情報画像開発研究室」と言いまして、脳全体がシステムとしてどのような情報処理をしているかを映像化し、それによって脳のメカニズムやその変化を研究しようという分野です。「神経情報画像」は「神経情報学(Neuroinformatics)」の一分野で、比較的「出口」に近い部分を扱う分野だと思いますね。まずどんな物質があるかといったところからスタートするのではなく、イメージングによって実際の脳の活動と実際の行動との関係を捉えるという意味で、出口を扱っている。具体的な中味としては認知科学、神経学、情報学などの融合的な分野になります。神経組織のメカニズムを計算によって解明したり、いろんな研究のツールやメソドロジーを構築したり、細胞レベルで神経回路を解明しようとする研究も神経情報学に含まれます。またわれわれの方法は、外科的な手術で脳を切り開いたりするのとは異なり、生体をそのまま外部から測定する「非侵襲的な可視化」が基本です。

私自身、振り返ると、もともと「画」というものに関心があったように思います。近江の育ちですが、子供の頃には毎週土曜日に琵琶湖や神社仏閣のある古い町並みを描いて過ごしていました。画には単に何かが描かれているだけではなくて、必ず一つの精神世界を形作るようなエッセンスがある、色や形の向こうに何かの「意味」がある─そのような世界はどうやって出来ているのだろうかという関心ですね。想像や思想を画にするのではなく、目の前に見えているリアリティに潜む何かを見つける方に関心があります。学生時代には精神医学などに興味を持った時期もあり高名な学者の著作を読んでみましたが、どちらかというとまず結論ありきというか、ある思想を説明するための解釈という印象で、とにかく自分が研究していきたいという世界ではないと感じました。人間そのものを説明するわけではないにしても、やはりこれからイメージングというものが脳の機能を明らかにしていくのではないか、という予感がしました。

脳機能イメージングの研究へ進む具体的なきっかけになったのは、1992年に小川誠二先生(1934 - ) 先生の研究に基づいてMRIを使って脳の活動が見られるのではないかという発表がなされたことでした。MRIの画像は水素原子の空間的な濃度分布を画像にして生体内の形や病気による崩れ方を見ています。ところが小川先生はMRI装置を使ってある動物の脳を撮影する時に、その動物が普通の空気を吸っている時と濃度100%の酸素を吸入させた状態では血管に相当する黒い筋が見えたり消えたりする「違い」が現れることを発見されました。これをBOLD(Blood Oxygenation Level Dependent) と呼びますが、このBOLD現象に基づいた磁気共鳴機能画像法fMRI)が、現在では脳機能のイメージングの一般的な方法になっています。

ブラックボックスのイメージング

このようなイメージングの方法は、ある人が何かの作業しているときに、脳のどの部分が活動しているかを見ることができます。しかしさまざまな限界もあって、一つには、これはブラックボックスの分析をしているのだ、ということを忘れてはいけないと思います。何らかの正体不明のシステムがあり、作業課題を入れるとある信号が測定されるけれども、具体的にどんな計算が行われているかを直接知ることはできない。つまり、プログラムの中味をデコーディングするレベルにはまだ到達できていません。この部分については、今後細胞レベルで神経回路を調べる研究で明らかになっていくでしょう。

一方われわれの研究は、細胞の集団が全体としてどのように働いているのか、どのような意味を持っているかを突き止めるという役目を担っています。臨床的には脳の手術をする前に切除する場所を調べる「術前マッピング」や、てんかんの原因となる部位(focus)を調べたりするためにfMRIが使われています。また精神疾患の解明・診断についても、たとえば統合失調症で実際に何かの症状が出ている時に、その方の脳がどういう活動をしているかなども、かなり客観的に明らかになってきています。

最近は、われわれの脳は何かを考えたり、目的のある作業をしたりといった認知活動がなされている間だけでなく、実はボーッとしているとき、つまりはっきりとした目的のある作業をしていない状態でも情報の整理のような「無意識な認知活動」が行われていることが注目されています。これを「デフォルトモードネットワーク(DMN)」と呼びます。われわれの研究室で独立成分解析を使って脳波とMRIを組み合わせた計測の結果から20通りのパターンを抽出したところ、その1つが脳波のなかでも「アルファ波」の活動と関わっていることがわかってきました。アルファ波は加齢によって不明確になる傾向があり、これとの相関も現在追跡中です。

「加齢から認知症を攻める」は月並みか?

認知機能の低下によって生じるさまざまな問題に対してどのような対策を立てるかは、長寿医療研究センターの大きなテーマです。イメージングの役割は認知症が発症してしまってからではなく、むしろ予防のためのリスク推定にあると思います。たとえば代表的な認知症であるアルツハイマー病は、昔は50代で発症する若年型の認知症だと言われていましたが、最近では80歳ぐらいになるとかなりの確率で、脳にアルツハイマー病と同じような変化が生じていることがわかっています。病理的にはβアミロイドなどの物質がかなり沈着しており、神経細胞も徐々に破壊されていくという変化ですが、いわゆる加齢と捉えられてきた、連続した脳の変化のステージだと見ることもできます。ところがこのような組織的な変化と症状が必ずしも相関するとは限らないので、ひとりひとりの「行動(behavior)」を客観的に測ることが大切になってきます。そのような行動が脳のどのような働きから説明できるかを探る手掛かりがイメージングの意義だと言えます。

近年、軽度認知症(MCI, Mild Cognitive Impairment)というステージが注目されています。その理由はある種のMCIは数年以内に症状が進行して日常生活に支障が出るようになるためです。我々は、MCIのさらに一歩手前の段階、つまり、まだはっきりとした症状は出ていないけれども、認知機能の低下が潜在的に進行しているフェーズに注目しています。現在われわれは、心理学者などにも参加してもらいながら、加齢による変化とMCIへの進行の関係を脳機能画像によって評価しようとしています。たとえば若年者と高齢者に、両手のグーパー運動をしてもらって脳の活動を比較すると、高齢者では前頭葉頭頂葉などが若年者よりも強く活動します。ところが調べていくと、若年者でも非常に微弱ながら高齢者と同じ部位が活動しており、同じように脳のネットワークの全体を使っていて、同一の負荷に対してより大きな反応が出ているということがわかってきました。おそらく加齢による影響というのは、脳内の"つながりの老化"というか、神経回路のスクラムの組み方が弱くなっていると捉えると分かりやすいでしょう。逆に考えれば、そういう脳に合った情報の与え方や作業のしかたを工夫すれば、時間はかかっても正しいゴールにたどり着ける可能性がある。今後実生活での対策に採り入れていきたい部分です。

しかしながら、このような「知見」について、その本質を昔から誰も知らなかったのかというと、むしろ地域文化や宗教の中などに暗黙知として培われていたものを、再確認しているのかもしれませんね。社会の変化、特に家族のありかたの変化によって、われわれは一瞬、方向性を見失っているのかもしれない、と。だから今、科学的な方法で見直そうとしているのかなという気もします。