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未来を探るひきだⅪ

謎解きはコノドントのあとで。

筑波大学
上松佐知子 准教授

太古の昔、地球はどんなふうで、私たちの祖先にあたる生物はどんなふうに暮らしていたんだろうか? そのような考えを進める、大きな手掛かりのひとつが化石である。なかでも「コノドント」は、これが発見されれば地層の年代がわかる「示準化石(index fossil)」として知られ、世界的に研究が発達してきた。コノドントという生物が暮らしていたのは人類が出現するはるか以前のカンブリア紀三畳紀(6億年前〜1億8千万年前)といわれるが、その正体は現在も謎に包まれたままだ。そこで今回は国際コノドント研究学会の2009年若手奨励賞「Hinde Medal」にも輝いた、筑波大学 生命環境科学研究科の上松佐知子准教授を訪ねた。コノドントはどのような生物だったのか、生物の絶滅はなぜ起こるのか?─遙かなる謎に挑む。

吹けば飛ぶような微化石が時の封印を解く

コノドントの研究が属するのは、そもそも、古生物学と呼ばれる分野です。よく生物学の一部と間違えられるのですが、地学の一分野であり、大学ではふつう理学部地学科などに属します。古い年代に起こったことを調べるため、考古学ともイメージが重なりますが、考古学が人間とその営みを対象としているのに対して、古生物学は人類が誕生する以前の年代の物理現象を対象としているのが大きな違いです。人がを集めて食べたから貝塚できたといった現象ではなく、当時水の流れがこのような速度だったからここに化石が溜まったのだといった証拠をひとつひとつ集め、推理し、解明していきます。

年代を決める示準化石には、大型の化石では、古生代の証拠となる三葉虫、古生代シルル紀中生代白亜紀を特定できるアンモノイドなどがあります。一方、コノドント、有孔虫放散虫などは「微化石」と呼ばれるたいへん小さな化石なんです。コノドントは一辺が0.1〜0.5ミリメートル程度で、電子顕微鏡で見るとギザギザした歯のような特徴的な形をしています。これまでに世界中で発見されているので、これらの先行論文に照らして、標本がどの種であるかを特定し、これによって初めて地層が属する詳しい年代を定めることができます。日本ではコノドント専門の研究者は少ないのですが、コノドントが見つかることによってそれが属する地層や岩石の研究などにも役立ちます。

ところが、ではこのコノドント、いったいどんな生物だったのか?……というと、実は専門の研究者の間でもまだ結論が出ていません。1856年に初めてロシアの生物学者、クリスティアン・パンダー(Heinz Christian Pander, 1794-1865)が発見・発表して、という意味合いで「コノドント(Conodont)」と命名して以来、約100年もの間、この化石は正体不明のまま研究が続けられてきました。現在でも大筋では「歯のようなものだろう」という合意があるものの、反対している専門家もいますし、口のあたりの硬組織であることは確かなのですが、歯なのか、触角のようなものを支持する器官だったのか、となるとやはり意見が分かれます。また脊椎動物だったのではないかと考えられており、脊椎動物の進化に関わるとなると人類まで連なるテーマになるわけですが、ところが脊椎の化石そのものは、まだ誰も見たことがないのです……。

ヤツメウナギに似た魚なのか?

私がこれまで実際に見たコノドントは、数にすると1万個ぐらいでしょうか。コノドントの1つ1つは「エレメント」と呼ばれ、通常はエレメントが見つかったら地層の時代を決定して、発表するという、地味な研究を行っています。また、もしエレメントが15〜18個ぐらい集まっていたら、コノドントの口のあたりにある1つの器官を構成していたと考えることができます。ごく稀に、このような元の形をそっくり残していると考えられる化石が、岩石の上にかたまって出て来ることがあるんですね。このような「自然集合体」が見つかると、たちまちコノドントという1つの個体を考える材料となり、生物学的な研究にも発展していきます。

コノドントが岩石の中に埋め込まれ、その外形だけが残された「印象化石」が、世界で初めて発見されたのは、1982年のことです。全長10センチメートルくらいで、脊索と思われるあたりに炭素の成分が残り、また目らしき形や筋肉らしき跡もありました。この発見以降、ヤツメウナギに似たにょろにょろっとした魚が、大きく口を開けているというコノドントの復元想像図も、よく描かれるようになります。

しかし、このように個体としてわかるような化石は、世界でまだ10体程度しか見つかっていません。となると、次に重要なのは、エレメントが複数並んでいるような化石です。実は現在投稿中の論文で、このようなまとまったエレメントに取り組んでいます。標本がどのような種であり、どの時代のものかをまず特定し、エレメントの配置を再構成していきます。これまでにわかっていることを踏まえ、標本がオリジナルの方向を保存しているのか、それとも何らかの力によってつぶされた位置にあるのかなど、さまざまな角度から検討していきます。合わないものを入れ替えたり、顕微鏡写真だけでなく、スケッチをとったり模型を組み上げたりしながら、じりじりと元の姿を追い詰めていきます……。

絶滅の知見を環境の未来予想に活かす

ところで地質時代の境目は、大きな絶滅があり、新しい生物種が出現した時期を示しています。恐竜が絶滅したのが中生代と新生代の境目にあたる「K-Pg境界」、史上最大の絶滅事件が起こったのは、古生代最後のペルム紀(Permian)と中生代最初の三畳紀(Triassic)の間にある「P-T境界」です。実は今取り組んでいるのがまさに、P-T境界を示すコノドントなんです。

絶滅の時にどんな環境変動があったかを解明することによって、地球上の何らかの変化を絶滅の予兆として捉えることができるようになり、未来予測につなげていくことができます。ところがよく考えてみると、過去の絶滅を考えるためにはその地層が必要であり、地層の年代を決めるには化石が見つからなければなりません。ところが絶滅期には生物が大量死しているわけですから、当然なかなか化石が見つからない。これは研究が進みにくい原因のひとつです。

コノドントは、90%以上の生物が死んだという史上最大の絶滅期を、なぜか生き延びた。しかも今回の標本が自然集合体であるということは、少なくとも死んだ直後にこの岩石の中に埋められたと考えられます。ところが、P-T境界では海の中に酸素がなくなったことが絶滅の原因の1つだと言われているんですね。では海中に住むコノドントが生き残れる、どのような環境があったのか? あるいはうまく酸素欠乏を回避して泳げるような生物だったのか?……このようにして追っていくと、絶滅期の環境へと展望が開けていくのです。