日々行っている研究のより長期的な展望として、われわれは統合失調症モデルに興味を持っており、さまざまな精神疾患の予防に役立つことができればと考えています。
精神疾患とは統合失調症、躁うつ病(双極性障害)、うつ病(大うつ病性障害)などの病気を言います。このうち統合失調症は、全人口の100人に1人の割合で発症します。約1%といえば決して珍しい病気ではなく、むしろ僕の周りでもあなたの周りでも、きっと誰かが発病している身近な病気なんだと考えていいでしょう。通常青年期に発症し、引き込もりや社会的行動の低下などの陰性症状、幻覚・幻聴、妄想などの陽性症状、作業記憶や注意の障害などの認知機能障害などの症状がでます。社会生活を営むことが困難になったり、自殺してしまう場合もあり、また日本全国で入院している患者数からするとNo.1の病気なのです。
このように非常にたくさんの人が発症し、かつ重い病気でありながら、精神疾患というのは脳のどこで何が起こっているのが原因なのか、いまだによくわかっていません。これが神経疾患だと、たとえばアルツハイマー病では、脳のある部分の神経細胞が死んでいくという明らかな物質的な変化があり、非常にわかりやすいわけですが、精神疾患の場合にはそういうはっきりとした物理的な違いが突き止められていないのです。
そこでわれわれの研究室では、精神疾患モデルマウスの脳で何が起きているかを調べています。これまで見てきた遺伝子改変マウス140系統のうち、精神疾患モデルと考えられるようなマウスが約20系統。そしてこれらのうち複数の統合失調症モデルマウスで共通してみられる現象として、海馬の一部にある「歯状回」という部位の神経細胞が未成熟なままの状態であることを世界で初めて発見しました(写真はマウスの脳)。
脳で物質的に何が起こっているのか、どういう遺伝子が病気に関わっているのかがわかってくると、同じ統合失調症でもどのような生物学的な異常があるのか、分類できるようになることが期待できます。分類ができれば、治療に結びつくはず。そこでわれわれは製薬会社との共同作業も進めています。また精神疾患は、発症する素因を持っていても、もし一生発症しなければ、その病気のない人生を送ることが出来ます。そこで発症の手前でくいとめる予防もとても重要だと考えています。個人の遺伝子データも含めた生体情報の利用についても、このような望ましい方向で役立てられればと考えています。