自分が影響を受けた本は何冊かありますが、中でも1冊ということならば、千葉勉、梶山正登という2人の方が書いた『The Vowel: Its Nature and Structure』を挙げたいと思います。これは1942年に日本で出版された英語の本で、音声学の世界的な古典のひとつです。戦後の1950年ぐらいになってから世界で再発見され、教科書などにもたくさん引用されて、その後の音声科学の流れを決定づけました。
私は大学4年生の時に、たまたまゼミの準備か何かでこの本の存在を知り、当時の国際的なレベルと比較しても完全に抜きん出たような研究が、戦前の日本で行われたことに強い印象を受け、非常に感動したのを覚えています。私が音声の研究へ進んだ、ひとつのきっかけになったと思います。
ものすごい研究が、何にもないように見えるところから突然ばーんと出てくる、ということは本当にあるんですね。この本もそういった事例の1つだろうと思います。しかしながら、研究の背景は実際どのようであったのか? 実は私は、2000年ぐらいになってから、いろいろ調べることにしたんです。遺族の方を探し出してインタビューしたり、研究資料も発見したり……そしてそのことを、音声学史の研究としていくつかの論文にまとめました。
ちなみに、そのうち英語で書いた論文は、先日ふと気づいたら、掲載誌のアクセスランキングのトップテンに入っており、2009年だけで2000回以上アクセスされていました。私にとっては趣味的な研究なんですが、興味を持ってくれる人は世界にいるんだ、ということがわかりました。なお、The Vowelは日本語に翻訳されたものも出版されており、私が解説を書きました。
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千葉 勉・梶山 正登 (著) 、杉藤美代子・本多清志(訳)
岩波書店 2003年8月 ISBN-13: 978-4000021074 |