file 03:[特別寄稿] 現代詩作品


メモからメモへ

藤井貞和


  1
「JRの駅ビルで、
柱に凭れて口寄せをしていたら」、
と書き散らされた、メモのなかから声がする。
例年のように、六月初旬から始まって、
七月の人、八月の人。 真っ青な顔が私のまえにならび、
この世にのこしたあの子、この子の心配をしている、
と声は嗄らす。 人生の総仕上げを始めた矢先でした。
何も告げずにいってしまったので気持ちを聞きたかった、
急にいなくなる、いつか還ってくると語る。
母には安らかにと伝えたくて、
きょうのメモが背から下りてくる。
駅ビルの柱に凭れて眠る。 だれも恨んでいない、
おれは運が悪かったと、
姉が落ち着いたら、もう一度来たいと。
声にまじり、どうしても聞き取れない声が消える。


  2
歌うひとのメモから、
定型が消える日は近い、か。
「新しい穂に恵まれるように」と。
ふくらむ実りが清浄でありますように、
赤ちゃんの飲む水のように、
あなたの田が清浄でありますように、と。
遠い旅先からこの世への返メールには、
風の音しかはいらない。
風をはらむ、舟の図面を
赭土色の縁語が縁取るのだって。


  3
天城さんの「うた」に、「子孫に残す何あるというか」と。
「どうぞ ハグしてください」と、きょうの後藤さん。 
県民の子どもを避難させて、
ウツル、と仲間はずれにされているから、
詩友は世界へハグを求める。
メモよ、骨つぼの霊に、
故郷捨てるおれたちを恨んでくれるな、
と小林さん。
「うしろで子どもの声がした気がする」と、若松さん。
「ぼくの毀れたDNAを置いてゆくよ」と、鈴木さん。
死んだ家畜たちもまた、
カミサマの口のうえに来て語る。
保苅さんは言う「経験」。
それを開沼さんが引用する社会学。
メモよ、来い。 「美しい星」と武藤さん。
限りない貧困の外部で、
ヘリウムへ変える計画が待っているし。
われわれは幸い、あるいはまだ本格的に太陽を捉えちゃいない。
沢田研二さん、「太陽を盗んでない」よな。
「経験」していないことをこれから経験する、か。
心平さんの命名する背戸峨廊でも、
大規模な崩落が発生したよし、四月十一日のメモ。
竹貫片麻岩を切るペグマタイト脈から、
関内さんは、
閃ウラン鉱を採集すると。(現実は劣化せず、
矛盾だけが劣化する、とわかった。)

(1は、八戸市の民間宗教者のメモを紛失したままで。3の引用は順に、天城南海子氏、後藤基宗子氏、小林忠明氏、若松丈太郎氏、鈴木比佐雄氏、保苅実氏、開沼博氏、武藤類子氏、タイガース、草野心平さん、関内幸介氏。福島県内の詩の書き手たち、その他である。)