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おとなりの研究者
京都大学
大学院人間・環境学研究科 共生人間学専攻 人間・環境学研究科 共生人間学専攻
教授,教授

宮城学院女子大学
学芸学部 英文学科 英文学科
教授

学習院大学
文学部 英語英米文化学科
教授

尚絅学院大学
人文社会学系 教育部門
特任教授

静岡大学
教育学部 - 教科教育学専攻
教授

file 01:ことばへの気づき」の現場

子どもの発話の分析では、まず親と子どもが家庭で会話をしている日常的な状況で、子どもが持っていることばやその他の知識が自然に表出してくるような状況を確保します。認知科学や心理学で発達に関わる研究をしている人にとっては常識のようなものですが、実験ではふだんの生活とは違った人工的な状況に子どもを置くため、どうしても、緊張してしまうとか、余分な要因が入り込んでしまうなど、調べたい言語知識が素直に表出されず、なんらかの意味で歪められてしまうことがあるんですね。そこで、われわれはまず、子どもと気心の知れた状態を作り出す努力をします。1週間や2週間は子どものところへ通いつめて、仲間に入れてもらい、ああこの人は信用できるおとななんだと子どもたちに納得してもらう。これがうまくいったら、そのあとの調査はほぼ成功といっても過言ではありません。(笑)

子どもが発達の途上で「ことばっておもしろいものなんだな」と気づく体験をすると、ことばへの関心がずっと増してきます。ちょっとおおげさに言えば、それがその後の人生を大きく変えるかもしれない。ことばの知識そのものの中に、ことばの錯視を可能にするような仕組みが組み込まれていますので、そこらあたりをうまくくすぐってやるんです。たとえば

例文1:日本イギリスと戦いました。

─という文。日本にとってイギリスは敵ですか、味方ですか? 日本はイギリスを相手に戦ったと読むと敵だし、日本はイギリスとともに戦ったと読むと味方になります。前者は第二次世界大戦、後者は第一次世界大戦ですね。例文1がそんな性質を持っていることに気づいた瞬間、子どもたちは思わず、「あ゛〜」という声を上げます。

この例もそうですが、ことばへの気づきの対象は、子どもたちの頭の中に、すでに獲得された言語知識の中にあるんです。だからなにか材料を用意する必要もないし、特別な器具も要りません。あらかじめ、何かを覚える必要もありません。私は教育で重要なことは、教えるんじゃなくて気づかせることだと思っています。そのために、子どもと一緒におもしろがって、気づきのきっかけをつくってあげるとか、どうやって探りを入れるのかのヒントを与えるとか、そういった部分で、外からの支援が大切なんですね。

例文2:ないものはないよ。

この例文も2とおりに読むことができます。店長が「うちの店にないものはないよ」と店の品揃えを自慢する。簡単に言うと(何でも)「ある」ということですね。一方、「はい、店にあるのはこれで全部。いくら探しても、ないものはないよ」という場合には、要するに(店には)「ない」ということです。じつは、小学生にこの文例を示して考えてもらったときに、クラスの中に落語が上手な子どもがいて、この例文が2とおりの読みを許すということを利用して、たった5分で落語にして一席披露してくれました。子どもたちはこうしたことばのおもしろさにとても敏感に反応しますね。

このようなやりとりをしている間に、子どもたちはああ自分はこんなことも知っているんだ、こんなに豊かな知識を持っているんだということを実感する。そして、せっかく、そんな豊かな知識を持っているのなら、そのことばを大切に、上手に使いたいなあと思わせる─そうもっていけるようにしていかなければならないと考えています。

大津 由紀雄 (著), 藤枝 リュウジ (イラスト)
岩波書店   1996年10月   ISBN-13: 978-4002040516