われわれの研究開発のバックグラウンドにある科目は、やはり量子力学です。量子力学というのは、とても面白い。これは水泳を習うのと同じで──慣れるんですね。量子力学というルールを身に付けるために、何回も何回も練習を積むんです。
まず、教科書に書いてあることをノートに書き取ってもらう。その公式を使っていろんなグラフを、いろんなパターンで描いてみる。そのようなグラフ通りの設計イメージができたら今度は本当に装置を作って、思った通りに反応が返ってくるか、何度もやってみる。やってみると違った結果が出てきますから、「どこが間違っているんだろう?」と、立ち戻って検討してみる。
感覚を身に付けなければだめです。水に入って何もしなかったら溺れてしまうのと同じように、量子の世界とはどういうものなのかということを問いかけ、本来こういうふうに返ってくるはずだという結果が返ってくる経験を積まなければなりません。たとえば量子力学の効果を現す「ウィグナー関数」と呼ばれる3次元の分布関数があるのですが、一般的な正規分布(ガウス分布)に対して、量子の世界ではそのまんなかのところにボコッと穴が空いていて、その穴が負のほうにまで深く穿たれた分布が出ることが知られています。実験によって、僕らはこのような結果を出したいのですが、ちょっとやそっとのことでは富士山(穴のない正規分布)しか見えない! ところが何時間も何時間も調整していると、ポーンと負の分布が出る時があるんです。「あれ、今出たんじゃないか?」と思うけれども、滅多に出ないので、いろいろやってもなかなか次が出ない。そうこうしてやっているうちに「また出た!」ということがある。これが積み重なってやっと「あ、ここを押さえればいつも出るんだ」とわかるところまで来ます。その時初めて「そこに量子がある」ことが体験できるんですね。自然界からの回答が再現性を持って返ってくるようになり、絶対にこうだという感覚が得られるのです。
このようにして、たとえば2年前は何回やってもできなかったことが、こういう手順でこうやると必ずできるというふうになっていき、新しいメンバーが入ってきてやり方を教えるとその人もできるようになる……こうなるともう量子は手なづけた、セキュリティの世界が自分たちの手に入ったと。その達成感、一度でもそれを手にした感覚は、もう永遠に心に刻まれますね。
いずれ20年も経ったら、量子力学なしにこの世の中のモノ作りは成り立たないでしょう。量子という世界があるんだという、常識的な法則として体感できるように学んでほしいですね。それを体得すると、新しい世界が見えるから ──ぜひお勧めします。