「言葉を通してではなく、空気を通して、自分の中の何かが人に伝わる、あるいは人の何かが自分に伝わる、ということがあるでしょう。そんな空気を大切にしたいのです」。ついさっきまで研究していた先生が教室に駆け込んでくる、その先生の体からは研究に没頭していた空気が発散されている、一方で、日々どんどん成長している学生から発せられる空気、新しいことを知る喜び、分かったときの目の輝きが発散する空気。そんな空気を同じ教室で共有する、というのが素敵だと小林さんはいう。
「立ち見・床座りの学生さんがいたときは、それでは辛かろうと、夜にも開講することにしましたが、このような熱気に包まれているクラスでは、本からでは学ぶのに膨大な時間がかかる難しい内容でも、その本質を解説しやすかったことがあります。教室の熱気が後押ししてくれたのだと思います」。
「ただ、講義に参加する学生さんの知識にばらつきがあり、すべての聴講者に刺激的な学びが実現されるように心がけないと、教室の空気は緩んでしまう」。小林さんの受け持つ文系の講義では、高2までしか数学を学んできていない学生も、理系顔負けに数学を学んできた学生も混在している。また、大学院の講義では、学部の4年生や修士課程の学生から、博士課程・ポスドクや専門家までが参加する。講義は初学者の知識に合わせるのが原則。その一方で、専門家が退屈してしまうようでは、せっかくの「学びの空気」が緩んでしまう。授業全体をピリッとした緊張感を漂わせつつ、教科書では得られない「新しい何か」を随所に盛り込む。
「それぞれの学生さんが自分なりに、とっても良く分かった、という体験をされることを願って、あれこれ考え、授業を設計します。授業の前には、何通りものアプローチを考え、集中して設計する。そして、講義をする教室に着くと、準備したことにはこだらわらず臨機応変に対応します」。小林さんは20代で大学の教壇に立って以来、現在まで、教室には常に手ぶらで現れ、講義ノートはもちろん、講義中にメモを見たことさえ一度もない。これも「一期一会としての講義の空気を大切に」という気持ちの現れだという。