今の学生が卒業して活躍する頃には、さらにグローバリゼーションが進む。そこでは、数学的技法だけでなく、数学的思考がものをいう場面が今よりも増えることを予測し、日本風の「学生を理系と文系に二分する」という教育のシステムの中であっても、文系の学生に、本物の数学の一端に触れる機会を与えてその資質を伸ばしたい、と小林さんは語る。文系の学生の数学的な力を伸ばさなければ、という使命感が、東大で文系の1・2年生の講義を率先して担当する動機だという。「企業のトップに限らず、重要な仕事を担うようになれば、不確実な環境の中で、意志をもって決断しなければならないでしょう。たとえば、経営・開発・事業戦略・販売、いずれも業界独自の世界があり、そこでの専門知識や経験や勘や人のつながりが大事なのは言うまでもありません。その一方で、グローバリゼーションによる急激な変動の中で、数学的素養をしっかりもっている海外のリーダー達と競合することも増えていることでしょう」。従来のように、金融、保険、資源探査、ハイテク、環境、リスク管理などのように数学が手法の一つとして使われている業界だけでなく、数値化できないものを合理的に判断する際の論理的思考としての数学的素養の役割も、時代変化のスピードアップと共に、大切になってくる。「さまざまな方向から物事をとらえて分析するプロセス。自分に都合のよいデータではなく客観的に大事なファクターを見抜くという習慣。多様な物から共通する性質を見抜くプロセス。一つの真実をシンプルに論理的に表現する能力。間違いの原因を根本に遡って思考する力。数理的推定において「桁違い」の間違いに気付く洞察力。こういった数学的な力は、大学を卒業して、それぞれの場で活動するときに、目に見えない形で自分を助けてくれるでしょう。理系の人が人文の教養を広げるべきであるのと同じく、文系の人も数学的素養を磨いてほしい」と、小林さんは語る。