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おとなりの研究者
東京大学
大学院人文社会系研究科
助教

國學院大學
國學院大學、研究開発推進機構、日本文化研究所
准教授

北海道大学
大学院文学研究科 思想文化学専攻 宗教学インド哲学講座
教授

筑波大学
人文社会系
教授

北海道大学
大学院文学研究科
准教授

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研究の壁を越えたとき VII

いま宗教を考える枠組み。

南山大学
奥村倫明教授

今回ご紹介いただく研究分野は、ずばり「宗教学」だ。真摯なる哲学的探求であり、そして世界史の中で多くの役割を担ってきた宗教。では2010年現在においては「宗教学」っていったい、どんな学問なんだろうか? "最後の百科全書家"と言われるエリアーデの研究家としても知られる、南山大学 南山宗教文化研究所の奥山倫明教授に、さっそくお訊きしてみることにした。

「宗教」は相当にあやしい?

なぜ研究者になったのかというと、僕の場合はそもそも、子供の頃から研究者以外の職業を考えたことがなかったんです。亡くなった祖父が神主だったり、自分も中学・高校ぐらいから瞑想を始めるなど、徐々に宗教的な関心が強まっていき、80年代の宗教学ブームの頃に大学に入りました。ちょうど宗教の社会的認知が進んだ時期でもあり、そんな影響もあって宗教学を専門に選びました。僕自身は仏教徒ですが、個人的な問題や関心を追うのが研究というわけではなくて、科学的な対象としての宗教を研究するのが宗教学ということになります。

では宗教学という学問の中で「宗教」とは何であるかというと、この概念自体が実は相当にあやしいのではないか、と認識されてきているのが近年の状況です。具体的に「宗教」を列挙するとしたら、まずどれを入れたらよいのか、学者たちの間で共通の理解がない。定義できないわけです。そこで「宗教」という概念の歴史を振り返ってみると、まずキリスト教がユダヤの人たちの伝統や習俗を母体にして誕生します。この時にユダヤの習俗とキリスト教との関係から「宗教とは何か?」を考える最初の枠組みが出てくる。その後イスラムが生まれて、ユダヤ、キリスト教、イスラムの3つの関係の中から、その上位概念として「宗教」という考え方が出来てくる。さらに大航海時代以降、ヨーロッパは新大陸発見やアジア進出を経て、たとえばインド、中国東南アジア等との出会いの中で仏教を「発見」したりして、「宗教」の概念を拡張していきます。

他の宗教と共存していくしくみ

それと、やはり宗教というのは、たとえば「神」のように超越的で絶対的な存在を基準として、それとの関係で人間の命や生活を考えるものとも言えます。ですから一方では、宗教とは抽象化された理念を思弁的に考える哲学的な営みである、という考え方がある。宗教の中でもある種普遍的な教えを持つと認められたものは「普遍宗教」「世界宗教」等の呼び名が与えられています。ただヒンズー教は世界宗教なのか、道教、儒教はどうなのか、というように、ここでも何を入れるかという問題がある。また超越論的な問題というのはもしかしたら、そもそも人類の脳や意識にそういった構造があるのかもしれない。するとこの問題は哲学というよりも、脳科学認知科学、生物学といった学問の中での議論が必要になるでしょうし、事実、そうした議論も活発になってきています。

またいわゆる世界宗教は人が移動するとともに宗教も移動する、つまり"布教する"という特徴があるんですね。そして人が移動すれば、その先で他の宗教に出会う。ところが宗教って基本的にはこちらは真理でそちらは虚偽、私は天国であなたは地獄という、区別を含みますから、移動の多い現代ではこのような対立がさまざまな場所で起こり得ます。歴史的にもカトリックとプロテスタントの宗教戦争(16~17世紀)のような出来事があったわけです。

宗教なんて自分には関係ないやと思っていても、やはり9・11以降のイスラムとキリスト教の対立構造や、日本における靖国神社の問題のように、私たちの世界には宗教が関係するさまざまな問題があります。そのような中でアメリカという国は、信教の自由を広く実現しており、なんとか他者の宗教を理解しようとしている国と言えるでしょう。人類のこれからの歴史にとって、他宗教との共存と寛容をいかに実現するのか、アメリカ的な宗教多元主義が今、テストケースになっています。

いつか近代の「壁」を超えて

日本では、明治以前にも「宗教」という漢語はあったのですが、今私たちが考えているreligionに対応する概念が出来たのはやはり明治期です。法体系としての信教の自由や政教分離といった西欧近代の知的枠組みと、セットで入ってきました。ちょうど近代国家の成立期でもあり、それまで傭兵や職業軍人によってまかなわれていた戦力も、国民が国家に帰属して国を守るしくみへと変わり、そこに戦死者を国家がどう扱うかという問題も出てくるわけですね。この問題は、今も続いています。

ところで国際学会のような場へ行くと、やはり日本の状況についての説明を期待されます。答えたいという意欲はあるのですが、英語で説明してもどうしても説明しきれない、伝えたいことと伝わっていることの間にギャップを感じます。「宗教」という概念も議論の枠組みも、西欧近代の時代性と文化拘束性を持ったものだという問題は、もちろん人文系の学問すべてに関係することですが、これはやはり僕の壁でもあって、まだ解決していないと考えています。

文:奥山倫明・池谷瑠絵 写真:水谷充 取材日:2010/10/29