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ウェアラブルなセンサーで何を知る?

東京大学
染谷隆夫 教授

半導体といえば、コンピュータ内の演算素子、発光素子受光素子など、ひと昔前までは硬いものしか作れないと考えられていた。ところが優れた電子機能を発現する半導体デバイスを、人の皮膚に貼っても違和感がないほど薄くやわらかいプラスチックフィルム上に実現するのが、東京大学大学院工学系研究科 電気系工学専攻、染谷隆夫教授のロボット用電子人工皮膚「E-skin」である。優秀発明の1つとして、2005年には米国タイム誌の表紙を飾ったこの技術は、今さらに進化を遂げ、ロボットへの応用だけでなく、ヒトの生体内をセンシングすることにより医療健康分野へ向けて大きな拡がりを見せつつある。染谷隆夫教授にお聞きした。

「シリコンの先」をどうするか?

有機エレクトロニクスという研究領域は、有機半導体の概念を井口洋夫博士が創始して以来、日本が基礎研究に大変貢献している分野です。その後、プラスチックのような高分子のものでも電気が流れることを白川英樹博士が発見され、ノーベル賞を受けられましたね。産業的にも有機物を発光させることで実現する「有機ELディスプレイ」、受光させる「有機太陽電池」、さらに新しい発展として注目される「有機トランジスタ」などの応用が拡がっています。私は2001年ぐらいから米国ベル研究所で、イモ判みたいなスタンプで有機トランジスタ電子回路をつくる研究をしていました。ではどんな利用が可能だろうかと同僚と議論する中で、大面積に電子回路が拡がっていると技術的におもしろいのではないか? と考え、大面積のセンサーというアイデアにたどりついたんです。

その時、われわれが持っていた関心は2つありました。エレクトロニクスは、その主要な部品となるシリコンを微細化することによって発展し、現在の電子機器、ひいては高度情報化社会を支えてきました。小さくすれば、スピードが上がる、消費電力が下がる、価格も安くなる……といいことばかりです。しかしその微細化も物理的な限界に到達し、今後どう発展していけばいいのかわからなくなってきた。ここに今、大きな閉塞感があるわけです。このような大きな背景が1つ目の関心で、われわれはいち早く「より小さく」とは別の目標を持って、新しい技術を打ち出していくのが重要だと考えました。シリコンができないところにこそ、大きなチャンスがある─「じゃあ、シリコンが苦手なのは何だろう?」と冷静に分析していきました。

一方、機械は速くなったけれども、人間の考えるスピードが速くなったかというと、そんなことはありません。実際にIT社会が発達していくなかで、機械を使えない人が増えてきている。機械が速くなることに人間の幸せがあるのか? また機械を使いやすくする努力は十分だったのか? という疑問がわいてきます。そこでもう1点は、インターフェースのような技術で、機械が人間の感覚に迫るという視点が重要だということです。人間はやわらかく、生物にとってはやわらかい素材のほうががいい。やわらかい素子がキー技術になるのではないかと考えました。一方のシリコンは、硬い。微細化は得意だけれども大面積に展開するとすごい値段になってしまいます。一方、生物の皮膚は大面積ですよね? そこでシリコンができない大面積でやわらかいセンサーの開発を始めることにしたのです。

人がやっていないものへ舵を切る

やわらかい半導体デバイスを研究する「フレキシブル・エレクトロニクス」という分野そのものは、10年以上前から活発でした。典型的なのが、紙と同じように電気的に書いたり消したりすることができる、メモリー性を持ったディスプレイです。そして当時は、世の中にあるこの分野の研究のほぼすべてが、ディスプレイ開発でした。でもわれわれは、曲がるというポテンシャルを考えると、他にもっとおもしろい、新しい使い方があるだろうというほうへ進んだんですね。

なぜなら、人がやっていないことをやるというのは、研究の第一歩なんです。研究を進める上では、このテーマが重要だと思っていても、やっぱりみんながやっていると安心だし、確実です。しかしわれわれはディスプレイではなく、ロボットの表面にはりつけて人間に近い皮膚感覚を実現する「E-skin」に取り組みました。有機半導体と呼ばれる炭素でできたやわらかいスイッチが、本当に圧力を感知したり、データを外から読み出せたりできる原理原則を実証し、比較的規模の小さな試作から始めて、2003年にプロトタイプを発表しました。そして配線を面的に展開することで大幅に配線を減らせる「アクティブマトリックス方式」を世界で初めてこれに適用し、いよいよ、やわらかい大面積のセンサーという現在の研究につながっていくんです。

ロボットは人間を真似るだけでなく、人間には見えない高速な現象を見たり、聞こえない波長を聴くなど、人間より優れた感覚を持つことができます。しかし視覚聴覚と違って、嗅覚触覚味覚で人間に匹敵するレベルのセンサーは、まだないんですね。「E-skin」は、ヒトが日常的に持つ「触れた」「ぶつかった」といった皮膚感覚をロボットに持たせることができます。これは人間の皮膚が持つ、圧力を測る「痛点」に対応したものですが、われわれは次にヒトが持つ「温点」も実装して、圧力と温度が同時にとれる大面積で曲がるセンサーをつくりました。さらに人間の皮膚が伸縮するのに注目して、伸縮自在なゴムシートの上にセンサーを展開する技術ができたのは、2005年のことです。

「着る」というインパクト

人間の皮膚感覚を真似るだけでなく、途中からは人間にはない機能もどんどん採り込んで、スーパーE-skinみたいなものを目指してきました。世界のトップを走る性能を追求していく中で、われわれが特に注視してきたのは、スイッチングスピードと「壊れにくさ」です。硬くて厚いとパキッと割れてしまうものも、やわらかくて薄ければしなやかに曲がり、折れることはありません。最近の成果では、世界最も薄い2マイクロメートルのフィルムの上に、硬い基板の上につくるのと同程度の性能を持つ電子回路が作れるようになりました。

実際に1マイクロメートルぐらいのフィルムを体にはりつけると、体にぴたっとくっつくので違和感がなく、非常に安定して活動中の生体から心電や筋電などの情報を取得することができます。医療の分野では以前から病院のベッドの上で計測していましたが、これが進化した「E-skin」になったら、何ができるだろう? スポーツしている時、作業している時でも生体情報をモニタリングできるということは、心筋梗塞の予兆をつかむとか、てんかん発作の前に出る信号をキャッチするというふうに、医療やヘルスケアの分野に大きな可能性をもたらします。それだけではなく、健康な人もセンサーを「着る」ことによって、たぶんいろんなことが分かると思うんですね。

1マイクロメートルのフィルムの上に、今では電子回路だけでなく、センサー、発光・受光素子等のフレキシブルな半導体デバイスをつくる技術が揃ってきました。次のフェーズとしてはこれらを用途によって組み合わせ、システムを組み、安定して計測できるようになるところまで実現したいと思っています。医療分野については今はまだ筋電心電だけですが、血圧脳波ニューロンの活動などさまざまな生体情報が取得できる可能性があります。それぞれの専門医の方々、また行動学心理学などの諸科学とも協業しながら、最新のセンシング技術との融合による新しい分野へと発展していくことを願っています。