ICTの発達や少子高齢化、平和や環境など、世界は新たな局面をむかえ、より困難な時代に入っています。そんな時代の中で、科学技術の進む方向をどう見定めるのか? その時、JSTが果たす役割とは何か? 2015年10月 国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の新理事長となった濵口道成氏に、これからの研究推進の考え方とJSTの責任、そして研究者データベースの活用によるファンディングについて聞いた。
今、日本は明治維新、そして戦後の動乱期に次ぐといってもいい、大きな変革期に入っています。情報通信技術(ICT)の急速な発展、少子高齢化、そして、巨額の財政赤字。世界に目を向ければ平和や環境の問題と、大きな課題には枚挙にいとまがありません。それらが社会構造や産業構造に及ぼす影響は計り知れないものがあるでしょう。 3度目の変革期とはいっても、過去の2回とは決定的に異なる点があります。明治維新、戦後の動乱期は社会が大きく拡大していく途上であり、全体が上を目指しているという意識を共有し希望を抱いていました。拡大モデルの中では、成長を見越して政策を進めていけば社会は動き、成果も出たことでしょう。しかし、現在は拡大が見込めない困難な状況です。今のひとつひとつ細かな判断が、5年後、10年後の社会に非常に大きな影響を与え、結果を左右することになるでしょう。 また、新しい技術の登場や変化のスピードも過去とはくらべものになりません。この先の時代をより良いものにしていくために必要な能力を、的確に育成する必要があるのです。変化を予測しつつ、新しい職業を生み出すにあたり、科学技術は大きな力を持っています。 その際、どのような社会を志向するか。それに向かって、機敏かつ柔軟に取り組んでいくためにどうすればいいのか? JSTは、直面している多くの課題を見すえて、次世代の研究を牽引していかなければなりません。その役割は非常に大きなものだととらえています。
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ICTが急激なスピードで肥大化する一方で、圧倒的に不足するのが、多様性と生の体験です。なにしろ情報通信手段、高速交通網の発展により、日本中だけでなく世界中の情報が瞬時に得られる環境ができています。それは悪いことばかりではありませんが、社会を均一化して多様性を低下させるという側面があることは無視できません。多様性のない社会は、危機を察する能力や変化に対する適応力に乏しく、危機に直面したときに切るべきカードが手元にない、ということにもなりかねません。これまでの成長モデルが終わり、世界中のどこにも目指すべき社会モデルがない時代にあっては、成長モデルで成功してきた既存の価値観は何の役にも立ちません。新たな発想、新たな枠組みで取り組むことが必要なのです。 こうしたことを考えると、従来のような男性を基準とした価値観や体制では、もはや対応しきれないと考えなければなりません。むしろ、そうした価値観の外に置かれてきた存在、女性やアジアの人たちが持っている潜在能力を生かすことに活路があるでしょう。 その人たちが持っている姿勢は、社会をどうすべきか、そのために自分は何を学び、どう生かすのか、といったものです。就職や自己のキャリアパスだけではなく、こうした視点を持った学生や研究者を支援していくことが大切です。 今の教育で決定的に欠けているのは「ヒリヒリするような体験」でしょう。ひょっとすると思いもよらないことが起きるかもしれない、見たことも聞いたことも、もちろん触れたこともない、それまでとは全く異なる環境に自己を置くような体験です。そんな体験のベースの中から、ポーンと何段階もスキップするような、社会にインパクトを与えるようなイノベーションが生まれるのだと思います。それは、日常の連続した積み上げとは全く異なるものです。そういうものが、これからの社会には必要です。 個人の志や生の体験、潜在的な能力といった「マグマ」のようなエネルギーをプロダクティブなものに変え、次の時代のカードを切ることができるように育てていく。そうしたエネルギーと社会の多様なニーズとを結ぶ機能の重要性もより増していくことでしょう。
また研究領域についても、既存の枠組みの中だけではなく、学際的な、境界領域の活性化を積極的に図っていく必要があります。人文社会系研究と理工系研究の融合も積極的に進めていくべきだと考えています。平和や社会のための科学を現実のものとするためには、文理の連携が欠かせないからです。国際社会で起こっていることを整理し、そのための研究を発信していかなければなりません。 そのためには、研究の出会いの創出が必要になります。理工系の研究というのは、現在から一歩先、つまり未来についてのまなざしによって推進されています。それに対して、多くの人文社会学系研究は、過去の社会の理解や解釈を扱う場合が多く、これでは融合をすることはできません。しかし、人文社会系学問が現在の社会から求められていないかというと決してそのようなことはありません。むしろ、要求や必要性は高いはずで、もっと積極的に社会にコミットすべきなのです。 例えば、ロボットや人工知能技術が生活の中で使われるようになったときの労働法はどうあるべきなのか、ビッグデータを活用した機械学習で作った無人自動車に関する製造物責任はどのようなに扱うべきなのか、といったことなどに真剣に取り組むためには、立法技術の確立とともに、理工系研究との相互理解が欠かせないものとなるでしょう。 理工系の学問は、個人一人のまなざしから研究を興すことができますが、人文社会系学問においては、コミュニティ全体でどう扱うのかという視点がありますから、こうした点からも文理の融合を積極的に進めていく意義があります。技術をどのように社会に実装していくのか、それをどのようなプロセスで実行するのかなどを提示できるのが、人文社会科学の持っている力です。 このように、幅広い学問分野を俯瞰し、これまでとは全く違った発想での研究を推進していくためには、高い創造性をもって研究者や課題の出会いを作らなければなりません。それぞれの研究の本質と可能性を理解し、コーディネートやマネージメントの「見立て」ができる人材を育成することも欠かせません。そのために、どこにどんな研究者がいるのかといったことを把握できるデータベースが必要なのです。これまでの価値観を超えた、ニュートラルな視点で、最適な研究領域を創出できるresearchmapのようなデータベースの重要性は今後ますます高まっていくことと思います。 JSTは、時代の流れを見つめつつ、ファンディングを通して研究を支援し、また牽引することができる重要な機関です。大学と産業界、政界、行政等の意思を組み込みながら、「社会のための科学」としての科学技術の展開を図ることに取り組んでいきたいと考えていきます。
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