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おとなりの研究者
東北大学
大学院理学研究科・理学部 地球物理学専攻
教授

鳥取環境大学(TUES)
環境マネジメント学科
教授

国立極地研究所
国際北極環境研究センター
特任教授

首都大学東京
都市環境科学研究科
助教

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トビタつための星ⅩI

水の動きを追跡する水文学に、冬山から挑む

首都大学東京
松山洋 教授

山に降った雨が、川に流れたり、地下水となったりして、その後蒸発して再び雨となる。これは誰もが知っている「水の循環」だ。循環の途中で、人は様々な形で水を利用する。だが、雨の量、木や土壌の状態、気象条件、地域などにより水の動きは異なり、また変化する。これら水の「収支」を研究するのが水文学(すいもんがく)である。首都大学東京の松山洋教授は、冬山に積もった雪の状態から、水の挙動を追いかける。そこには、学生時代に親しんだワンダーフォーゲルの経験が生かされていた。

水文学とはなにか?

水は、生命を維持するために欠かせないものであり、農業、工業をはじめとする産業の基盤でもあります。飲料として、また農業用水、工業用水として水を利用するためには、水の「収支」、つまり供給と利用のバランスを知っておく必要があります。

山に降った雨は、地面に染み込んだり川に流れたりして海に到達します。そして、地表や海面から蒸発して再び雲となり、そして雨となります。このような水の循環のイメージは、環境学習などを通して、多くの方が常識として知っていることでしょう。しかし、どのくらいの雨が降るかが分かっても、降った雨がどれだけ地中に入り、その中で地下水となるのはどれくらいか? 川に流れていく水の量は? 人が利用できる量はいかばかりかを知るのはなかなか大変です。その量を数値化し、水利用や土地利用などに生かすのが水文学です。あまりなじみのない学問で、ときどき水文学を「みずぶんがく」と読む方もいますけれども(笑)。

水文学は、もともと森林と水の関係を知ることから始まったと私は考えています。戦後、産業が盛んになって木材の需要が増え、山地が荒れてしまいます。そこに木を植えて山を元に戻そうとしますが、山が回復するにつれて流域の水量がどのように変わるのかなどを調べる必要が生じたのです。かつて、たたら製鉄が行われていた中国山地では、鉄鉱石を採掘するために山を切り開き、鉄を製造するための燃料として山林を伐採していました。あまりに伐採が進み、山は水を保持できなくなり洪水や崖崩れなどが起こっただけではなく、川や農地にも影響が出るようになってしまいました。山の木はどのくらい切っていいのか? 山の保水能力や農業への影響はどうか? 流域で、継続的に水を使うために、どのように川を守るのか? 森林と山、水の関係を知ることは、地域の人々にとってとても重要な課題だったのです。

いくら山に木が必要だとしても、あまりに多く木を植えすぎてもいけません。水は木に吸い上げられて葉からも蒸発するので、木が多すぎると蒸発量が増え、利用できる水量を圧迫することになります。このような水の「収支」が研究されるようになったのが、この学問の始まりです。この分野はとくに「森林水文学」と呼ばれ各地で研究が行われています。

自然の水の循環だけではなく、農作物などの生産、流通によって生じる水の移動も水文学に含まれます。また、工業用水と地下水との関連、井戸水の水質も対象となります。気候とも密接に関連しています。地球規模で考えると、水は減りもしないし、増えもしません。また、年間の降水量と蒸発量は同じです。しかし、地球の気温が上がると、大気中の水分量や蒸発のスピード、そして量が大きくなります。そのため水循環がよりアクティブになることが予想され、気候が変化する要因ともなるでしょう。このように、地球規模での気候変動の影響とともに、局地的な天候の変化に目を光らせるためにも、水の収支を知ることが必要です。

最初は特定の山や川など地域的な水の動きが関心の対象でしたが、水文学が扱う範囲はだんだんと広くなっていきました。特に、1990年代以降、地球環境問題が全世界的な課題になってからは、水の循環と気候変動は密接に関わっていることが強く意識されています。将来の気候を予測し、生活、産業について環境に配慮しつつ安全で安定的な水利用を進めていくためにも、水文学が果たす役割は間違いなく大きくなっていくでしょう。

人が関わる水の動きを解き明かす

都市においても、水文学の研究フィールドはたくさんあります。雨が降ったとき、流域の環境を保全すること、流出する汚濁物質、汚染物質などがどのように流れ、人や環境にどんな影響を及ぼすのかなど、課題は尽きません。多くの人の関心事は水質だと思いますが、そこに注目する研究分野もあり下水道の整備などもこうした知見を活用しながら進められてきました。降雨、降雪、地下水土壌水分、森林水文や農地水文、都市環境など、キーワードを挙げていくと、水文学の扱う範囲がいかに広く、そして身近であるかがイメージできるのではないかと思います。

私は、東京都の目黒区や品川区など都内26カ所の湧水調査を、毎年2回継続して行っています。「神社のあるところに湧き水あり」といわれていますが、神社の湧き水を中心に温度や水質を調べているのです。それによると、東京の地下水の温度は年々上昇する傾向があることがわかりました。これは、気候変動とともに都市化の影響による大気温度の上昇が影響を及ぼしているのではないかと考えられます。

一般に、水は温度が上がると、より多くの物質を溶解、含有します。ということは、単に温度が上がるというだけではなく、地下にある物質が水に溶け込んで水質が変化することが予想されます。もし汚染物質や有害物質が存在した場合には、その濃度が高くなることも考えられ、原因究明や警戒の必要も生じるでしょう。

積雪5m以上の冬山がフィールド

山に降った雪は、春に向けて徐々に溶け、川に流れたり農業用水に利用したりします。では冬の山にはいったいどれくらい雪があるのでしょうか。そして、その雪が溶けたとき、我々はどのくらいその水を利用できるのでしょうか? 雨であれば、降ってきた水の量を「降水量」という数字で測ることができます。では雪は? 通常、雪の場合は「積雪深」で計測します。一見すると、同じ数値ではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。積雪深は降り積もった雪の「深さ」を測っているのであって、そこに存在する水分の量を知ることとはイコールではありません。

なぜなら、雪は降ったばかりのときはふんわりと積もっていますが、時間が経ち新しい雪が積もるとだんだんと押しつぶされて密度が大きくなります。雪国の方なら、下の方ほど雪が固くなっていることを経験的にご存じだと思います。積雪が3m、5mとなり、春頃になると雪の上層部と下層部には密度に大きな差が出ます。ですから、雪を水の量として取り扱うためには、積雪の高さを測るだけでは不十分であり、密度を測り、これを乗じた「積雪水量」(積雪深×積雪密度)を観測することで、雨と同等のデータとして扱うことができるのです。

では、密度はどうやって測るのか? 私の研究では、実際に雪山に登り、表面から地面までの雪を採取してその重さを測るという、非常にシンプルな方法を採用しています。フィールドは、新潟県と群馬県の県境に位置する巻機山(まきはたやま)です。日本は世界でも有数の積雪量がある地域であり、中でも巻機山は国内でも屈指の豪雪地帯です。ここの雪の状態を知ることで、雪の量、そして水の流れと収支を知ることができると考えています。

雪山に登り、標高ごとに決めた採取地点で雪に穴を掘ります。積雪深は標高の高いところでは5m以上になっていることもありますから、当然人の背丈よりも深い穴になります。ここに入って、さまざまな高さの雪を採取します。「スノーサンプラー」という器具を使うこともあります。これは、断面積20cm2の筒で、これを地面に到達するまで雪に差し込み、縦方向に一気に採取します。スノーサンプラーを引き抜いてとれた雪をまとめ、その重量を測るのです。サンプラーの断面積と雪の深さから得られた体積で雪の重量を割ると、密度を知ることができるわけです。

こうした計測を、標高600~1550mの間の6地点で行います。計測は毎年雪の量が一番多くなる3月頃に行い、すでに20年間にわたるデータが得られています。続けることで、降雪量の経年変化がわかります。でも人にとって20年は長いものですが、気象や水の流れにおける20年はほんの一瞬といってもいいくらい短いものです。データに一定程度の方向性が見えたとしても年ごとの変化である場合も否定できず、長期的な傾向として語るためにはまだまだ継続した調査が必要です。しかし、雪の密度を測ることによって得られる積雪水量のデータはほかにはほとんどありません。水収支にとって重要な積雪水量の調査を続けていく必要があると考えています。