つながるコンテンツ;智のフィールドを拓くⅥ

地球史に、「千葉時代」という地質年代が刻まれる?

国立極地研究所

菅沼悠介 助教

地球の記録である、地質年代が書き換えられるかもしれない。大胆なアイデアと詳細な分析がもたらした新たな知見の根拠は、「地磁気逆転」という地球の壮大な営みが残してくれた地層の中にある。千葉県のある渓谷で見つけた地層とは? 地磁気逆転という現象、そしてそのときに起こる物理環境の変化とともに、地質年代特定の意味について、国立極地研究所の菅沼悠介さんに聞いた。

◎地層というメディアを読み解き、意味をつける仕事

過去に起こったことを理解しようとするとき、時代をいくつかの共通する出来事で区切って整理する。日本の歴史であれば、縄文時代、弥生時代といったような環境や人の営みの変化、時代が下ると政治体制をもって「時代」として認知する。地球の過去の記録をひもとく際も同じように「時代の区分」を行う。だがそれは、当然のことながら文明が誕生する前の膨大な時間を扱うもの。記録があろうはずもない時代を伝えるメディアはなにか。それは地層である。地層の中に残された過去の痕跡を丹念に読み解くことによって時代の環境を理解し、解釈する。それが、地質年代だ。



地層は、古い時代からその時々に積もり重なったもので、我々がその時代を知る大きな手がかりとなる。でも、1カ所を調べれば連続して時代がわかるわけではないのがむずかしいところ。過去の痕跡を観測できる場所はひとつところになく、過去に堆積したとしてもその後の地殻変動や気象現象、時間の経過によってその痕跡が消されてしまうこともある。このように世界中に点在するさまざまな手がかりを根気強く探し、時間軸の上に丹念に紡いでいくのが地質学の仕事のひとつである。

さて、地球誕生の46億年前からの地質年代を大きく分けると、先カンブリア時代、約5.4億年前から始まった古生代、2.5億年前からは中生代、そして6600万年前からの新生代へと続く。この膨大な時間スケールはさらに細かく分かれ、古生代が6つの時代に、恐竜が跋扈していた中生代が三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と区分されていることは比較的知られている。新生代になると第三紀を経たのちの第四紀に258万年前から1.2万年前までの更新世という時代がある。この中もさらに3つに分かれているが、そのひとつの区分の時期が変わろうとしている。

258万年前から約1.2万年前までの「更新世」をさらに三つに分けたときの、前期と中期の境目を決めるのが今回の物語。これまでその境目は78万年前と考えられていたが、それよりも1万年遅い77万年前となるという新しい研究結果を国立極地研究所の菅沼悠介さんらの研究グループが発表した。実はこの1万年の違いが、恐竜絶滅の白亜紀-古第三紀境界の年代など、さまざまな地質年代の修正につながる可能性があるというのである。地球の歴史の書き換えが起ころうとしていると言ってもよい。

◎地磁気逆転の痕跡を探す

ところで、77万年前とはどういう時代だったのだろう? 人にとっては大昔でも地球史においては「最近のこと」と言ってもいい。その分この時期に地球で起こったことが比較的細かく分かっており、生物の絶滅時期なども地域によって時間差があったりするため、全地球的に同時に起きたイベントとして認められる現象を探すのが難しい。しかし、地磁気逆転という全地球的に共通の出来事があったことが分かり、これを地質年代の更新世前期と中期の境とすることが決められた。そして、その境目となる時期はこれまで78.1万年前だとされていたのだが、菅沼さんの研究結果はそれを覆し、1万年遅い77万年前であるとしたのである。

地磁気逆転の痕跡をどのように見つけ、年代を修正したのかを知る前に、まず地磁気逆転という現象について押さえておく必要がありそうだ。地球を大きな磁石と見立てると、方位磁石がNを指す方向、すなわち北極が磁石のS極、そして反対の南極がN極である。そのS極とN極が逆転する現象を地磁気逆転と呼ぶ。地球自体が180度回転するわけではなく、磁気の方向がじわじわと変わっていく。「北極がN方向」が当たり前と感じている私たちには想像しにくく「本当にそんなことが起こるのか?」という印象を抱くのは無理もない。しかし地磁気逆転は長い地球の歴史の中で過去に何度も起こっていたことが明らかになっており、平均すれば100万年に4~5回の頻度。なぜそのようなことが起きるのかと問い返したくなるが、さまざまな説が議論されているものの、現段階で原因を確定できる説はない。

地磁気逆転が起こると、地球上の環境になんらかの変化を及ぼす。例えば、地球全体の磁場が極端に弱くなったり、その影響で宇宙から降り注ぐ宇宙線の量が増加したりといったことだ。その痕跡――海底の堆積物の状態や組成、含まれる小さな磁石の粒子の配列などを探すのである。年代測定についてもこれまでもさまざまな方法が試されてきたものの、溶岩を測定する研究と海底堆積物を扱う研究では測定の方法や基準が異なるなど、研究コミュニティの考え方や実験手法はさまざま。結果に大きなばらつきがあることに気づいた。その幅は約1万年。そこで、菅沼さんは、異なるサンプル、測定方法、学問領域を統合させ、地磁気逆転の時期を特定することはできないかと考えた。

◎研究コミュニティで異なる知見を統合する実験のアイデア

逆転の痕跡とするのは、当時降り積もった海底の堆積物と溶岩。その両方が1カ所で測定できる場所はないかと、世界中の地層を探した。海の地層で、比較的早いスピードで泥が積もっていること。それが隆起して地上で観察できること。地磁気逆転が認識でき、さらに溶岩の代わりに放射年代測定ができる火山灰が混ざっている地層が必要だった。文献を探し、また人に聞きながらフィールド探しに没頭。それにもかかわらず、なかなか見つからない。そんなとき、研究者仲間と昼食をとっていると、学部時代の指導教官である茨城大学の岡田誠教授から「あるよ、千葉に」という情報が飛び出した。

「いや、そんなはずはない。千葉の地層は自分も探してみたはずだが……」。その地層の火山灰は地質学ではそれほど注目されていたとは言えず、古い文献の中でわずかに触れられているだけの場所だった。薄い火山灰が積もっており、100万年前から現在までに海底から隆起した場所で、当時の地層が露出している。78万年前には海の底。これだけ地殻の活動が活発な場所は世界にも少ない。その絶好の場所が千葉県のほぼ中ほどにある養老渓谷だった。養老渓谷と言えば、都心から2時間ほどの距離で紅葉狩りやハイキングなどの人気のスポット。地球の謎が秘められた人里離れた山奥というわけでもなく、アクセスも比較的簡単。言ってみれば、「便利なフィールド」である。しかし、別の人がこう言う。「あの火山灰には、年代測定をできる火山灰は入っていないよ」。それは、ジルコンという物質のことを指していた。本当に、ジルコンは入っていないのだろうか……。行ってみるしかない。

菅沼さんはそう決意しただけではない。入っていないというジルコンを見つけるために、大胆なサンプル採取の方法を考えた。ふつう、火山灰を調べる研究者は、耳かき1杯ほどの量を調べる。だが菅沼さんは違った。「ジルコンがわずかしかないのであれば、サンプルを大量に採取すればよい」。さっそく岡田教授の案内で養老渓谷に赴き、バケツ1杯の火山灰を採取。分離すると、300粒のジルコンが見つかったのだ。

「そのとき、成果を確信しました」と菅沼さんは振り返る。測定手法のばらつきの統一、それができるフィールドの発見、そして大胆な採取方法により見つけた、地磁気逆転の証拠とはっきりと年代が特定できる地層。多くの研究仲間の協力も得て,最新の機器で求める地層中での絶対年代と、地球の軌道の特性を反映した天文年代によって世界で初めて地磁気の逆転を1カ所で語ることができた実験のデザインだ。このアイデアと実験のデザインが、77万年前という更新世前期と中期の境目の線を浮き上がらせた。