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おとなりの研究者
株式会社国際電気通信基礎技術研究所
脳情報研究所
主任研究員

大分大学
福祉健康科学部 理学療法コース
助教

大阪大学
高等共創研究院
教授

岐阜大学
工学部 機械工学科 知能機械コース
助教

獨協医科大学
医学部
主任教授

つながるコンテンツ;智のフィールドを拓く201804

映画のように、夢を再現することができるのか?

京都大学

神谷之康 教授

今見た夢を再現する、そんな「夢」のような研究はどこまで進んでいるのだろう。ブレイン・デコーディングという方法で夢を再現しようと試みる研究を進める神谷之康さんは、最初にこの着想を得て研究分野を切り拓く。脳や夢は、人の精神や人とは何かという根源的な問いにも関わるテーマで、人びとの関心や期待も大きい。ときには過大な評価や利用もあり得てしまう分野だ。脳研究の現場から、現時点での限界と、その「扱い方」を語る。

◎脳の動きで、見た夢を再現!?

「他人の夢を見るなんて、そんなことできるわけがない!」 そう自信たっぷりに宣言するのは、あるTVドラマの主人公である「天才科学者」。 「こんなふうに、ちょっと訳知り顔の人が分かったふうに断定するのは止めてほしいんですよね」と渋い表情をするのが、今回紹介する神谷之康さんだ。「知識のある人、専門家やそこに近い存在である人ほど、このような物言いをする。これはタチが悪いんです」という。「反対に、これはできそうだ!と飛びついて、できる、できると簡単に言ってしまう人もいる。こちらも同様に問題です」と続ける。

神谷さんは、ブレイン・デコーディングの新しい手法を開発しながら、人の夢の映像化を目指している。夢の内容は断片的であったり、場所や時間の軸が現実とかけ離れていたりすることもある。空間的にも時間的にもつじつまが合っていなかったり、出会うはずのない登場人物が対話をしたりと、現実にあり得ないことも夢でなら起こる。そんなただでさえ扱いづらい夢を、映像のようにして再現しようと試みる。

2005年、神谷さんは人の脳活動のパターンから心の中のイメージを解読する方法を開発した。「2003年~2004年にかけて滞在したプリンストン大学で、機能的磁気共鳴画像(fMRI)による脳活動計測を学んでいるときに、機械学習を用いた脳活動のパターンから心の状態を解読するという着想を得ました」。ある人が同じ物体を見たときに示す脳の状態が、他の物体を見たときの状態よりも、相関が高いことを示すことを活用したものだ。この「脳の状態を示すパターンに含まれる情報」というアイデアに触発されて、機械学習によるパターン認識によって、fMRI画像を分類するプログラムを開発したのである。脳の状態のわずかな変化のパターンから画像を解読できることを発見し、2005年に発表。このときの論文で、脳画像解析の手法として「デコーディング」という言葉をはじめて使った。現在は、「ブレイン・デコーディング」という言葉が各所で用いられるようになってきたが、その嚆矢となった研究だ。

ブレイン・デコーディングとは、脳活動のパターンを刺激や心身の状態を表現する「コード(符号)」とみなし、そのコードを観測することによって、起こっている現象を特定するということである。まず、被験者に刺激画像を見せ、そのときの脳活動のパターンを使って機械学習のモデル(デコーダ)を作る。次に被験者にある画像を心の中でイメージしてもらいそのときの脳活動を解読して、イメージしている図形を予測することができる、というものである。

神谷さんはこの方法を発展させて、心の中で描いている画像と実際に見ている画像が類似していることに着目し、夢と実際の画像がリンクするのではないかと考えた。「この方法を『ニューラルマインド・リーディング』と名付けたのですが、当初、各方面から非常に激しく批判されました。そんなことできるわけがない、というわけです。でも、その後、脳からの視覚画像再構成や夢のデコーディングに成功すると、だれも文句は言わなくなりましたけどね(笑)」。

fMRI:機能的磁気共鳴画像。ヒトの脳活動を、輪切り画像を重ねた3次元データとして記録することができる。被験者の放射性同位元素による被ばくがなく生体を傷つけずに測定ができるため、同一被験者での繰り返し測定が可能。

◎MRIのような騒々しい環境で眠れるものか!?

では、実際には眠った人の夢をどのように観測するのだろうか。「被験者の頭に脳波計をつけ、fMRIの中に横たわって眠ってもらいます。脳波計をつけるのは、眠りの状態を知るためです。脳波で夢の内容までは分かりませんので、それはfMRIで計測します。反対にfMRI画像を見ただけでは、睡眠や覚醒の判別はできないのです」。

被験者が夢を見ている可能性が高い脳波パターンを検出したら、そのタイミングで被験者を起こす。そして、これまで見ていた夢の内容を話してもらう。それが終わると、また眠ってもらう。被験者が夢を見ているという状態のときfMRI計測を行う。これを1時間に7回ほど繰り返す。こうして、何度かに分けて1人の被験者につき200回の報告が得られるまで繰り返す。 実験では、こんなやりとりを見ることができる。

眠りから覚めた被験者に、実験者が問いかける。
「何を見ていましたか?」
「伝えるのが難しいんですけど、海岸でカレーを作っていました」「ケイン・コスギと一緒に」と、被験者。
「ほかにどんことがありましたか?」などの問いかけが続く。
別のときには、「本みたいなものでした」「本をめくった」などといった受け答えも聞かれる。
言葉の中には、車や動物、人などが登場する。これらの報告から言葉を抽出し、それを言語のデータベースに照らし合わせていく。

夢の報告で出てきた言葉を、本、建物、車、文字、男性、女性……などに分類する。そして画像データベースを用いて、主要な物体を見たときのカテゴリーに対応する画像を収集。別の日、それらの画像を見せたときの脳活動を同じ被験者で行い、これを機械学習モデルにより解析してデコーダを構築する。

計測したfMRIのパターンを解析すると、ある画像が夢に現れたかどうかを統計的に有意なレベルで判別できることが分かった。覚醒20秒前までのデコーダの出力スコアが夢と相関するのだという。「本人は忘れてしまっている夢でも、その内容が再現できるかもしれません」。

それにしても、MRIはなかなか大きい音のするもの。そして狭い。照明も点いた環境で眠れるものだろうか? 「みなさん、その質問はよくされますね。でも、周期的なノイズと狭い環境はむしろ眠気を誘います。案外よく眠れるんですよ。被験者が実験に慣れてくると、覚醒していなければならないときでも眠ってしまいそうになります。そして一度起こされても、5分後には再び眠りに入ります」。

◎何でも分かる、何でもできるという「ひどい誤解」がゆがみを生む

2005年の論文において、「そんなことあるわけがない」「できるわけがない」とさんざんな評価を受けたときのことをふりかえる神谷さんは、イメージによると思われる否定的な判断はこのときに限らず日常的に起こることであると話す。「ジャーナルのエディターも否定的で論文も通らない。前述の、夢を画像として認識する研究も、夢に関する歴史的な認識やそれぞれの学説が影響して、それは夢とは言えないという意見などがつき、たいへんな審査でした」。

「映画館で映画を観るように、人の夢を目の前で再現できるとは、現段階では言えません。そんなことを言うつもりはない。そもそも夢は映像なのでしょうか? そうではないかもしれません。そんなにくっきりとした画像で認識するものではないかもしれない。私たちは、テレビや映画など、身の回りにある映像技術とのアナロジーで夢について語っているだけなのかもしれませんし、そもそも夢はいまだ私たちが認識していない、名前のないメディアと言えるのかもしれません」。

「かもしれない―――」。
夢を読み取るという研究、それを現実に近づけつつある科学者の言葉として、重い。しかし、夢を画像化できる技術といえば、漫画やアニメ、小説など、空想の世界で描かれてきたまさに「夢のような技術」として、一般の人びとが色めき立つのも分からないではない。まして、脳は、人が人であることに深く関わる器官である。脳を知りたい、人工知能ができれば何でもできるという、人びとの感情や期待の振れ幅は、大きくなっていくだろう。

「世の中では、人工知能ブームといってもいい状況が続いていますよね。人工知能ができれば何でもできるというような。もしかしたら、人類が想像もできないフェーズに行くのではないかという、期待や畏れが積み重なっていくような状態です。国もこの研究分野を伸ばそうと、さまざまなイノベーション政策の文脈に乗せようとする」。脳研究、人工知能を起点として職業、健康、長寿、心の問題などに焦点があたる。「心の健康というと脳ですが、その知見に脳科学の成果が求められたりします。過大な期待、安易な応用を助長する危険性も十分に考えなければならない」と神谷さんは危機感を募らせている。「安易な応用は本当に研究のエッセンスや文脈を理解しているのか、派手なアプリケーションの可能性を示すことで不健全に研究を肥大させていくことにつながらないか、脳を扱うならなおのこと、判断する人も活用する人も、エビデンスまで十分目を向けてほしい」と神谷さんは語る。「論文の審査が厳しいのは当然のこと。しかし論文が通らないことが続いていたところに、私たちの学会発表を参考にしたグループの論文が先にジャーナルに載りそうになった。たまたま同じジャーナルだったのでエディターが連絡をしてくれて、『査読者は誰も賛成していないけれど通すことにする』という連絡が。通してくれたのはよかったですが、釈然としません。今でも多くの人は、2つのグループが同時に発見したと思っていますよ」。

◎「脳波」で何でも分かるというのは、幻想だ

脳の研究は本当に微妙で、十分なエビデンスや実験データから読み取れる範囲、つまり可能性と限界にはことのほか注意深くならなければいけないと神谷さんは繰り返す。今神谷さんが問題だと考えているのは「脳波」の扱い方だ。「脳波というのは、なかなかの曲者だと私は思っています」。脳波自体が悪いのではなく、脳波のイメージや扱われ方を問題にする。「脳波が、脳の信号全般を表していると思っている方が多いようなのですけど、それは大きな間違いですよ」。

「脳波は、頭皮に貼り付けた電極で電位を測るものでEEGとも呼ばれます。広い脳領域の活動の同期状態を調べることができますが、脳の活動の一面を取り出す方法に過ぎません。大きな波が脳の活発な活動を表していると思っている人もいるようですが、まったく逆です。むしろ、深い眠りについているときに一番大きな脳波が出ます。覚醒していて活発に活動しているときはさまざまな部分が独立に活動しているので際だった波形を示しません。心が落ち着いているかどうかや、右腕に注意を向けているかどうかくらいは分かりますが、感情や体の動きを細かく制御するといったことまでは、少なくとも現状ではできません」。

ところが、脳波=脳活動というようなイメージがあって、脳波を解読すれば体の細かな動きを再現できるとか、感情の状態が手に取るように分かると捉える傾向も小さくない。「目が動いたりまばたきしたりするだけで脳波は変化するので、いきおいノイズは大きくなり波形の読み取りはより難しくなるはずです。『脳波計』で捉えられるものの大部分は、脳からの信号ではなく、筋肉の電気信号や体動によるノイズです。そのようなことをおさえていないと、本当はきちんとした脳の信号を使ってコントロールしたわけではない実験であっても、目や顔の動きに反応して見た目上すごい実験をしたように見える結果が出てしまう」と、神谷さんはある種の「脳波信仰」とも言える状態を憂えている。

脳波の計測装置はMRIのような大きくて重い機械を必要とせず、車に乗せて移動も簡単。フットワークが軽くなる分、応用範囲も広くなる可能性がある。「『脳波でコントロール』『脳波によって脳からの信号をキャッチする』というとある程度の専門家でも納得してしまう。夢を盛ってプロジェクトが動き出してしまうことは大きな問題だと思っています。誤解が肥大して、一般の方々の理解をミスリードすることにもなりかねない」。ウソではないけど正確ではない。「これでは、消火器のセールスマンが消防署の方から来ましたというのと変わりないですね」。

「何でもできる」と「絶対にできるわけがない」という思い込みや、エビデンスへのアプローチ不足からくる恣意的な立ち位置は、好ましい状態とは言えない。 「私も、人をびっくりさせたい、誰もやらなかったことを実現したいという思いは強い。だからこそ、その分、エビデンスが必要なのです」。 夢と現実。その間を埋めるもの、そして足りないものは、何か? 考え続ける必要があるのは、科学者だけではないはずだ。