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おとなりの研究者
東京音楽大学
音楽学部 音楽 作曲
教授

愛知教育大学
教育学部 創造科学系 第四部 音楽教育講座
教授

星美学園短期大学
幼児保育学科
助教授

鳴門教育大学
大学院学校教育研究科
教授

大阪教育大学
教育学部 教員養成課程 音楽教育講座
教授

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明日へとつなぐ鍵Ⅹ

音楽芸術が継ぐもの。

桐朋学園大学
堤 剛 学長

世界的なチェリストである堤 剛 桐朋学園大学学長を、雨の学園に訪ねた。1984年に教え子達が結成したサイトウ・キネン・オーケストラでも広く知られる齋藤秀雄氏に、桐朋学園大学音楽学部附属 子供のための音楽教室、同高校音楽科を通じて10年間師事。1961年には米国インディアナ大学に留学し、1963年ミュンヘン国際コンクール第2位、カザルス国際コンクール第1位入賞。世界を舞台にした華々しい演奏活躍の一方で、米国インディアナ、イリノイの州立大学教授として、総合大学で学生たちに幅広く「教える」という活躍もされてきた。時折さまざまな楽器のアコースティックな音色がこだまする調布市・仙川キャンパスで、お話をうかがった。

演奏と教える活動は両輪である

私の両親は音楽家で、母は実は小学校の音楽の先生だったんですが、もともとは声楽が専門で東京音楽学校(現・東京藝術大学)卒業後しばらく演奏活動をしていました。父は東京放送管弦楽団に勤めながら、週末には近所のお子さんたちがうちへ来て、バイオリンやピアノや歌を教えていたんです。そのようなことで「弾く」と「教える」の両方をするということが、私の場合、まあ本当に、小さいころから自然と身近にあったんですね。そして桐朋学園を通じて10年間師事した齋藤秀雄先生(1902 - 1974)も、もちろんすばらしいチェリストで、特に戦前はいろいろな演奏活動をされていましたし、同時に、本当になんていうのかな、神様と思われるくらい偉大な先生でした。

高校卒業後、フルブライト奨学金で留学した米国インディアナ大学では、ヤーノシュ・シュタルケル先生という方に師事したのですが、先生も国際的に幅広く演奏活動されて、同時にたいへんな名教師であられました。ふつう音楽のレッスンというと1時間のうち45分ぐらいは生徒が練習してきた曲を弾いて、残りの15分ぐらいで先生からアドバイスをいただくのですが、先生のレッスンはちょうどこの逆で、私がチェロを弾けるのは15分ぐらいで、あとの45分は音楽について……チェロのこと、弓の使い方、曲や作曲家に関して、あるいはドビュッシーなら印象派絵画の話でもいいから……話しなさいというものだったんです。私にとって、それはそれは、たいへんな苦痛だったんですが、後になってから先生になぜなさったんですかと聞いたら「演奏家は楽器をよく弾けるだけでなく、自分が何をしているかをよく知らなければいけない。たとえばポジションを変えるにしても、どういうふうに指を移動させるか、それに対して身体はどんな準備をするのかといったことが全部わからなければいけない。それがわかるためには、言葉にできなければならない」と教えてくださいました。教えることと演奏活動は車の両輪みたいなもので、どっちが欠けても足らない。演奏活動をして、そして演奏活動を通じて自分が得たものを次の世代に引き継いでいくということがいかに大切かを、身にしみて叩き込まれたように思います。

しかし一方で、演奏家というのは自分で自分を突き詰めて、こういう音を出したい、曲を完成させたい、というふうにして音楽をつくっていくわけですから、演奏と教えることとはまったく違うものでもあります。教える立場に立ってみると、一番簡単なレッスンは、自分はこうやったからその通りにやりなさいというものなんですね。教えるということはやっぱりその生徒の才能が一番生きる方法を、弓使いにしても、表現方法にしても、生徒ひとりひとりの立場に立って考えなければならない。またそれができることによって、教える方も音楽や楽器への理解がより豊かになっていくのだと思います。

総合大学で音楽を教えるということ

インディアナ大学の音楽学部では、もちろん秀でた音楽家になってほしいけれども、楽器だけできるのではだめで、音楽を通して一人の人間として成長してほしいということを第一に言われます。実際、アメリカの大学では語学を学んでいる学生であっても他のことにいろいろと興味を持ったり、逆に音楽の人たちも興味の幅が広いんですね。音楽学部の授業(music appreciation courseなど)は、他の学科の学生が取ることもできて、しかも単位になります。

またインディアナ大学の音楽学部といえば、毎週土曜日に上演されるオペラが有名です。毎回必ず満員になるくらい盛況で、音楽学部の関係者も、一般の方もいらっしゃるけれども、非常に多くの他の学部の先生や学生がこのような音楽会を楽しんでくださいます。音楽学部が総合大学のなかにあることで、学部を超えてお互いがリッチになれるシステムが、自然に備わっているんですね。またアメリカの大学では近年、学内だけでなく、学校間の提携が進んでいるのも大きな流れになっています。特に「コミュニティサービス(地域貢献)」が強調され、たとえば音楽学生がショッピングセンターでコンサートを開くというように、積極的にコミュニティに出て行く活動もたいへん盛んです。

いま学長という立場におりますけれども、生徒達にはもちろんチェロが上手になってほしい、すばらしい音楽家になってほしいけれども、そのためにはいろんな知識が必要です。それらをできるだけ幅広く自分の中に入れることで、今度自分が音楽を表現しようというときに、やはりより広く聴衆の方に訴える力を持つのではないかと考えています。

つくる人と聴く人がいて、音楽がうまれる

また演奏家としての道を進むなら、できるだけステージで演奏し、現代曲を含めたいろんなレパートリーにチャレンジすることが不可欠です。自分がこうやったことによって、お客様からどんなリアクションが返ってきたのか、その反応はフランスアメリカ中国韓国などの国ごと、また都市によってもずいぶん違うんですね。そしてその雰囲気のようなものから、たとえば音楽の深さみたいなものを学ぶことができる。いい聴衆がいい演奏家を育てるというのはまったく、このことなんです。特にチェロの場合は、演奏するためにはお客様の真正面で向き合う姿勢になりますから、逃げ場がないし、反応もじかに感じられますね。

ところで20世紀後半を代表する音楽家の一人であるロストロポーヴィチ(1927 - 2007)さんは、生前、4年ごとにパリでコンクールを開催されていたのですが、このチェロのコンクールでは第二次予選で必ずその時の、いわば旬の現代作曲家による新曲を課題曲としていました。その曲というのがいつもたいへんな難曲で、しかも本番の何ヶ月か前にしか出来上がらないので、みなさんそのわずかな期間で仕上げなければならない。そこである時審査員の先生が、これは無駄なんじゃないかと。こんなに難しい曲に取り組んでも、どうせもう二度と弾く機会がないかもしれないし……というようなことを言ったら、ロストロポーヴィチさんが「とんでもない!」と言われた。作曲家がわれわれにチャレンジしてくれることによって、チェロのテクニックがますます向上するし、チェロのレパートリーが拡がるんだ─と。私自身、バッハも、ブラームスも、ベートーベンもすばらしいし、すごく好きだし、何度弾いても飽きません。けれども20、21世紀を生きる演奏家として同時代を生きている方の作品を演奏することに、やはり、ある意味で演奏家としてのレーゾンデートル(存在価値)があるのだと思います。

それから今ウェブの動画サイト(youtubeなど)で、世界のオーケストラが聴けますね。これがあればもう日本のオーケストラ、あるいは音楽会なんて行かなくてもいいんじゃないか─とおっしゃる方もいらっしゃるんです。しかし音楽や芸術の本質というのは、もちろん、あっちのほうがうまいとか、こっちのほうが大きな音がするというように比べるものではなくて、音をつくっていく人がいて、そこに聴き手がいる、その現場があり、成り立つものです。演奏家も聴衆も一緒になって何かをつくっていく、私はその創造過程がすごく大事だなと思います。また西洋音楽を演奏するにしても、日本人演奏家の特性としてどうなのか、という点も考えなければいけません。演奏家としての自分に何か日本的なものを加えていけるのだろうか─たとえば日本の伝統音楽には、ひとつひとつの音を大事に拍つ思想がありますね。私としては今後そういったものを、取り入れていきたいと考えています。