つながるコンテンツ

智のフィールドを拓く トビタつための星 可能性を照らす道 未来を探るひきだし 明日へとつなぐ鍵 変化をひらくドア 研究の壁をこえたとき Moyapedia
おとなりの研究者
日本大学
文理学部社会学科
教授

筑波大学
システム情報系
准教授

宇都宮大学
地域連携教育研究センター
准教授

静岡大学
防災総合センター
教授

東北大学
災害科学国際研究所 情報管理・社会連携部門 災害アーカイブ研究分野
准教授

つながるコンテンツ
智のフィールドを拓くⅠ

3.11に学び、原子力防災の知見を積み重ねる

東京大学

関谷直也 特任准教授

東北地方太平洋沖地震、そして東京電力福島第一原子力発電所の事故から5年。災害研究・防災研究はどうあるべきなのだろうか? そして原子力災害にどう備えるべきなのか。原子力災害が引き起こす社会への影響を研究するのが、関谷直也東京大学特任准教授だ。原発事故時の避難実態、福島県内外の意識の差、産業や流通の変化、風評被害の実態について幅広く扱う、防災研究者である。

◎福島県内と県外の人たちの、温度差

東日本大震災、東北地方太平洋沖地震と東京電力福島第一原子力発電所事故は、人々の津波避難、広域避難、行政の対応などさまざまな問題を浮き彫りにしました。被災地から離れたところでも、東京など都市部での物不足や帰宅困難、計画停電、自粛など、私たちの社会が経験したことのない事態がつぎつぎに起こったことは、多くの方が記憶していることと思います。

地震津波、そして原子力災害によって何が起こるのか、その背景にはどんな課題があるのか? 少しでも影響を小さくし、早いタイミングで回復することができないか? 5年前の震災と原発事故で社会全体に甚大な被害が出たことを受け止めて、今後の防災、福島の復興に役立てるための研究を行っています。

農産物や海産物の流通の問題は5年が経過した現在でも解決できておらず、農業・漁業には今も大きなひずみができています。現在は、福島県産のコメは全量全袋検査が行われ、測定される放射性物質は、2015年の結果として検出限界値以下(N.D.)のものが99.99%となっています。この5年間で農産物に含まれる放射性物質の量は、吸収抑制対策としてカリウム散布や、表層の土を下層に埋設させる反転耕、除染などの農業関係者の努力やセシウムの減衰もあって、著しく減っています。

このことは、福島県民は多くの人が知っています。福島県では、毎日、空間線量や含有放射線量の検査結果が新聞に掲載されていますし、コメの全量を検査していることを9割の福島県民が知っています。深刻な事態に直面して必死に考え、対処してきた経験を積み重ねてきましたから、放射線に関する情報へのリテラシーが高いのです。

福島県産の農産物などに拒否感を持っているか否か、という質問では、県内の人は、一昨年は30%程度いましたが、昨年の調査では18%ほどになっています。一方、県外の人は30%から23%に。減り方に大きな差があります。すでに管理された圃場(ほじょう)で栽培された農作物からは、検査機器で検出できるレベルの放射性物質はほとんど出なくなり、そのためニュースにもなりません。その結果、県内と県外の方たちの情報格差が生まれています。単に広告をすることではなくこの事実を伝え、温度差を埋めていくことが必要です。

また原子力防災は、被曝だけではなく、さまざまな角度からのアプローチが必要で、調査すべきことは数多くあります。事故が起こる前の防災対策をなぜ実施してこなかったのか、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の存在とその活用、避難手段、避難場所や避難経路の確保の問題、被曝を抑えるためのヨウ素剤の配布、炉心溶融に関する情報公開、汚染水や食品汚染の問題、そして除染賠償賠償と枚挙に暇がない。

原子力災害に限らず、広域災害という意味では、被災地からは離れた東京でも、公共交通機関が停止して多数の帰宅困難者が出たことや、東日本全体がガソリンの不足、深刻な物不足などが問題になりました。情報発信の仕方や人々の行動原理を分析する必要があるのです。

◎以前から続けてきた、風評被害に関する研究

「風評被害」とは、事件や事故、社会問題や災害、環境汚染などの報道を契機として、本来「安全」とされているにもかかわらず、人々が不安に感じて、消費や旅行などを控えることによって起こる経済的被害です。実質的な害がある場合には、それによって買い控えなどが生じてもそれを「風評被害」と呼ぶのは適当でありません。だから、事故直後、放射性物質汚染がおこり、どこまで汚染が広がっているか分からない段階では買い控えなどが起こったとしても風評被害とはいえません。ただし、現在では検査が行われていますので、「実害」の部分と「風評」の部分を区別できます。風評被害を完全に防ぐのは難しいことですが、その時々の科学的事実を計測し公開することによって、軽減することができるものです。

1999年、茨城県東海村JCO核燃料加工施設で臨界事故が起こりましたが、このとき、検出された放射性物質も福島原発事故と比べればごく微量で、環境に放出された放射性物質が、周辺住民の健康に影響を及ぼすものではないと判断されました。また、臨界状態が終息した事故の翌日には、空間放射線量は平常レベルに戻りました。食品等の農産物への放射性物質による汚染もほとんどありませんでした。当時の科学技術庁が「安全である」という発表をしたものの、数値が当初からN.D.であったことも影響して、それ以降ほとんどニュースにならなかった。皮肉なことに、多くの人々には、事故直後の悪いイメージだけが残ってしまうということが起こりました。

また、どんなに数値がN.D.となったとしても、やはりその地域の農産物を買う気になれないという人もいるでしょう。科学的な「線量」に関する事実は一つでも、健康や安全への考えは人それぞれですし、消費選択の自由というものがあります。事実を理解した上で拒否をするというのなら、それはそれで一つの考えだと思います。

ただ少なくとも、現在の福島県産を中心とした農産物の検査体制、検査の結果については周知される必要があるし、我々は知る義務があります。福島県産を買わないという選択をしたとしても、検査体制と検査の結果という事実は否定されるべきではないし、その延長線上として、多くの人が購入している事実は受け止めるべきです。直後は、放射性物質の汚染の拡がりや度合いはわからなかったですし、検査体制も整っていなかった。不安に思ったのは当然です。しかし、5年が経過した現在はこれらの事実をきちんと理解する必要があると私は考えています。

私が昨年行った調査では「福島県内ではお米に関しては全量全袋検査が行われていること」については、福島県民の9割が知っていますが、福島県民以外では5割しか知らない。「食品への含有放射性物質の検査をおこなってもほとんどN.D.(機械で測れる限界値以下)である」ことを知っているという人は福島県民で6割ですが、福島県民以外では2割です。統計的に分析しても、検査結果の認知が消費に影響していることははっきりしていますから、ここが最大の問題なのです。また、知った上であっても、その情報を信頼する気持ちになれるか否かという次のステップもあると思います。

また、もう一つは、震災から5年が経過した現在の「風評被害」といわれている問題は、人々の不安感や消費の問題だけではないということです。福島県産の農産物などに拒否感を持っている人は、福島県内では18%、福島県民以外では23%しかいません。8割の人が購買について拒否をしていないというのに、市場が回復しないのは、すでにこの「風評被害」という問題が人々の不安感や消費の問題ではなく、流通構造の問題となっているのです。

県内の農産物が安全だという認識が定着しても、流通業者が他地域の生産物の仕入れをやめて、すぐに元の産地に仕入れ先を切り替えるでしょうか? 当然そんなことはなく、新たな取引先との取引を継続します。つまり、売り場を別の産地の商品に取られてしまうのです。これを「棚を取られる」と言いますが、流通業者にしてみれば、仕入れた商品が売れないというリスクは取りたくないので、一度変わった流通ルートを元に戻すことは簡単ではありません。また、この数年間のうちに、お米を中心に福島県産の農産物はスーパーなどで売られるのではなく、飲食業や弁当などの業務用に流れるようになりました。検査されているので科学的には安全であり、かつ価格が安いからです。こうして、産業の構造そのものに打撃を与えていくことになってしまいます。すでに風評被害といわれる問題は、人々の意識が回復すれば解決するという問題ではなくなっているのです。

また、この問題を固定化している要因の一つが賠償の問題です。東京電力福島第一原子力発電所事故による放射性物質の汚染に関しては、生産者の損害は基本的に賠償されますが、流通業者の損害は賠償が困難です。流通業者は、福島の生産者から商品を仕入れなくても、福島県外の生産物を仕入れることができるからです。自分達があまりリスクをとれないので、市場における福島県産への回帰が遅れているのです。

震災5年後の今は、単に人々の不安感を下げることやリスク・コミュニケーションの問題ではなく、原発事故による産業構造の破壊そのものの問題なので、これを踏まえた対策が必要なのです。

◎原子力事故は、もう起こらないと思っていないか

原子力事故、放射線災害だからといって、特殊な研究をしているわけではありません。他の災害と同様、過去の災害で何が問題になったかを徹底的に調べ、災害が起こったときにどう対処すればよいのかを考え、次の災害に備えるという点で、他の災害の研究と変わらないのです。また事故や災害の直後、そして時間が経ったとき、社会構造産業流通において、どのようなことが起こりうるのかを明らかにし、現実的な対応を考えることが重要です。

「研究内容をどのように社会に生かすのか」と聞かれますが、その問いかけの背景には「放射能事故はもう起こらないだろう」という意識があるのではないでしょうか。災害の規模や質はさまざまですから、同じ災害が起こることはありませんし、福島第一原発ほどの規模の事故が起こる可能性は低いかもしれません。しかし、放射性物質の漏洩や火災など原子力施設でのトラブルは、国内だけでもほぼ3年に1回起こっています。1995年日本原子力研究開発機構の高速増殖炉もんじゅのナトリウム洩れと火災、1997年の旧動力炉・燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)の東海事業所の火災・爆発、1999年の東海村JCO核燃料加工施設での臨界事故、2004年の関西電力美浜原子力発電所での配管の破裂による蒸気噴出事故、2007年新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原発での火災、そして、2011年の福島。原発が稼働する限り、事故が起きないことを前提とすることはできません。

世界では、現在400基の原発が動いている。そう考えると、原子力事故、放射線災害が起こらないなどと言えるはずはありません。事故が起きたとき、どう対処できるか? 研究者として、調べ、考え続ける必要があると思っています。

また、この福島第一原子力発電所事故の教訓は、首都直下地震、首都圏大規模水害、大規模な火山噴火など長期的に広域避難が行われる災害における重要な知見を多く含んでいると考えてもいます。