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おとなりの研究者
(長崎外国語大学名誉教授)

名古屋市立大学
人間文化研究科 文化と共生分野(欧米の文化)
教授

岡山大学
文学部 人文学科
助教授

中部大学
人文学部
教授

file 03:科学史はつくられたもの

科学史と言われているものがつくられたものであることは、今からちょうど100年から150年ぐらい前の人たちの議論を読めばわかります。実はその頃に、科学史をどうつくるかという議論があったんですね。

コンドルセの生きていた18世紀後半頃、当時は歴史といえばまず政治的なもののことですから、これに対して科学技術や文明の発展を見ていこうという流れが生まれます。そこでたとえば印刷術がどのように発達して世の中を変えたかというテーマで、技術と科学が入り交じった歴史が書かれたりするわけです。

19世紀後半になってくると、知性の発展史として科学史を考えることができないかと考える人々が現れます。産業革命によっていろんな発明や発見が活発に工業化されていく状況の中から、技術を捨象して科学的な考え方だけに絞り込み、古代ギリシアから続く進歩の歴史として科学の発展を見ようというわけです。この試みは、だいたい20世紀半ばぐらいまで続けられるのですが、実は結局のところ、挫折してしまいます。理由としては、試みそのものに無理があったからだといわれています。そもそも、科学の歴史は非常に西欧中心主義的にならないと直線的な発展史としては記述できないのです。

そこで1960年代になって、より文化史的なアプローチや、社会的な背景を含めた歴史を考えようという潮流が生まれてきます。われわれはその後から研究を始めた世代で、先人が一生懸命絞り込んだものを、むしろ拡げようという方向で進んでいるように思いますね。

技術史」も同様に、最初は科学と区別して技術的な発明発見だけを拾い上げ、直線的に進歩するものとして描けないかという方向へ進んでいきます。しかし、科学に目配りしないとやはり袋小路に入る危険があり、近年はむしろ科学史と一緒に見ていく方向になってきています。