つながるコンテンツ

智のフィールドを拓く トビタつための星 可能性を照らす道 未来を探るひきだし 明日へとつなぐ鍵 変化をひらくドア 研究の壁をこえたとき Moyapedia
おとなりの研究者
プリンストン大学
社会学部
博士課程

東京大学
社会科学研究所 附属社会調査・データアーカイブ研究センター
教授

東北大学
大学院文学研究科・文学部 言語科学専攻 日本語教育学講座 日本語教育学分野
准教授

首都大学東京
教授

東北大学
文学研究科
准教授

file 02:理系から、地域文化研究へ

家族関係も良好で育児も分担できるのであれば、「近居」を促す政策を打ち出せばよいのだろうか? 「子育て支援がしっかりしている国では、比較的気軽に結婚して気軽に子どもを生みます。それは、結婚するときに大きな覚悟や将来について否定的な予測を持たずにすむからです。結婚するなら覚悟せよ、ちゃんとしないといかんぞといわれたら、だれだって気持ちをそがれてしまうでしょう。子育てにしても介護にしても、家族の負担を減らすことを基本として考えることが必要。基本は子育てを社会で担うことだと考えています」。

同居にともなうイメージは、かわいい孫の成長を見られて幸せだとか、親子の愛情に基づいて行われる介護など、ポジティブな要因もある。しかし負担もある。家族内で育児も介護も完結させるという保守的な考え方は、支え合いこそが家族の喜びだろうという発想に立脚している。「最初は良好な関係であっても、物理的、身体的な負担が連続することで、家族に対する愛情も途切れてしまうことがあり得えます。ひどい場合は親族間の殺人事件に発展することも。負担が重すぎると心のつながりが壊れ、昔のいい思い出も否定的なものに変換されてしまうかもしれません」。家族同士の心のつながりは大切にしつつ、負担の部分を社会で分かち合う方向を考えるべきというのが筒井さんの立場だ。「同居とか自助を強調して家族が大事だという言い方を強調すると、逆に家族が作られなくなるという方向にむかってしまうかもしれません」。