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変化をひらくドアVIII

いま、新しい融合研究へ向けて。

国立情報学研究所
新井紀子 教授

ReaD&researchmap
サービス提供開始のご案内

日本の研究者21万人のデータがresearchmapに集約される。1998年以来、国内の研究者、研究機関・課題・資源情報を網羅的に提供してきた、歴史ある「研究開発支援総合ディレクトリ(ReaD)」とresearchmapが統合され、2011年11月、いよいよサービスを開始。そこで、このたびの「ReaD&researchmap」公開に先立ち、これからの学術情報の集積・活用・公開のあり方について、その目指すところを国立情報学研究所 新井紀子教授に聞いた。

変わる研究者コミュニティのあり方

学術コミュニティとそれが生みだす学術情報には、古くはプラトンのアカデミアにさかのぼる長い歴史があります。1799年に設立された英国王立科学研究所(the Royal Institution)のように、非常に高い学術的知見を持っている限られたメンバーが、新しいメンバーを迎えていく自立したコミュニティなどは、その代表的なものと言えるでしょう。現在の大学でも新しく教授を迎えようという時には、いわば英国王立科学研究所と同じ方法で、研究者の業績に関する情報を閲覧して会議を行いますね。また今日に伝わる論文のピアレビュー(査読)という伝統も、このようなコミュニティから生まれたものです。

ところが戦争の世紀とも呼ばれる20世紀、アメリカでは当時の最先端の科学者を徴集したビッグ・プロジェクトである「マンハッタン計画(1942ー1946)」が遂行され、その後、科学と技術を連結して国の目的に直結させていく流れが出来ていきます。そして冷戦の本格化に伴い、アメリカとソ連の宇宙計画に代表されるような軍事目的と科学の根源的な問いを併せ持ったビッグ・プロジェクトが次々と立ち上げられていきました。けれども、冷戦終結以降、このようなビッグ・プロジェクトは下火になりました。ポスト・ビッグ・プロジェクト時代にどのように最先端研究をするか、ということになると、それは、研究者が所属や分野や国の枠を超えて連携・融合する以外にないのでしょう。その中で、伝統的な学会の地位がゆらぎ、若手研究者の流動性が高まりました。また、一方で、研究に対して出資する側の国家としては、シビアな予算の中でどの分野に投資すればいいかという政策を科学的に決定しようということで、科学技術の研究動向調査が盛んになっていったという背景があります。

日本では昭和36(1961)年から、文部省が行ってきた研究動向に関する調査があり、研究者と研究課題を蓄積していました。国立情報学研究所の前身にあたる学術情報センターがこれを引き継ぎ、毎年1回の調査結果をデジタル化して、Telnet経由の「研究者ディレクトリ」というサービスを開始したのが1990年のことです。本来、研究者というのは研究対象を観る者であって、それまで自分自身が見られるというのはあまり機会がなかったと思うのですが、やはり大学の情報公開の流れなどともに、学術情報のオープン化は避けることのできない選択となってきたわけですね。実はReaDは、この研究者ディレクトリを引き継いだサービスで、2002年にはウェブベースで公開され、研究者がいつでも情報を入力できるようになりました。双方向性を持った研究者データベースの始まりだと思いますね。

研究全体を「見える化」するデータベース

一方、2009年4月にリリースされたresearchmapは、研究者コミュニティとして、人を信頼したうえで非常にスピードを持って共同研究をスタートできるプラットフォームとして注目されました。特に、融合研究を加速させることをシリアスに考えていた研究者や、若手研究者に受け入れられたと感じています。もう一つポイントとなったのが、researchmapが設計されたタイミングです。ちょうどセマンティックウェブが広く受け入れられた時期にあたり、PubMedAmazonCiNiiKAKENなど先行の学術データベースが機械可読な標準形式でデータを公開しはじめた時期にresearchmapは設計されました。それ以前に構築されたデータベースは単にウェブ上に表示することをメインに考えていたわけですが、それが、「機械がいかにデータを取得し、理解し、加工して、表現できるか」ということを考えるデータの配信の仕方に変わったんですね。こうした「先輩」にあたるシステムと約束に基づいて「機械同士でおしゃべり」しながらデータを自動的に受け渡し、解釈し、表現するようにresearchmapを設計したわけです。科研費(あるいはe-Rad)の研究者番号や名前、所属等を入力すると、これまで発表した論文や書籍、研究課題や研究分野、さらにはエッセイや対談等のデータまで探してきて半自動で研究者ホームページを作ってくれる、という機能も、この技術がキーになっています。

ウェブ上の情報は、量が爆発してしまえば、人には「読む」ことができません。膨大な研究情報というものが機械可読なデータベースになったときに初めて、ステークホルダーである国民にも「見える」かたちで情報を引き出すことができるものになります。もちろん今までもこういう論文があるといった情報を大学図書館などで調べることはできたし、アクセスできなかったわけでもありません。しかし、いまたとえば医学・生物学分野のデータベースである「PubMed」などは、まさに秒単位で論文が投稿されるという時代。莫大な量の中から質的に意味のある内容を取り出せるのは、データベースとハイパーリンクがあるからこそです。

今回の統合で、さらに外国誌掲載の書誌情報や特許情報を含むJ-GLOBALとの連携が加わります。また統合にあたりご登録研究者のみなさまには、まずReaDまたはresearchmap、いずれのデータを使うかを選択していただきます。そしてこれまでの使いやすいresearchmapのインターフェースで、より豊富になった学術データベースの中から、ご自分に関する公開したい情報を公開することできます。日本の研究者21万人のデフォルト・プラットフォームとして、ぜひ大いにご活用いただきたくお願い申し上げます。

researchmapAPIで、大学の価値をもっと活かす

ところで研究者の先生方の中には、ご専門以外にも多彩な活躍をされている場合があります。亡くなられた方を含め、著作などを通じてその時代の日本の思想に影響力を与えた知識人の方々などは、その一例です。将来にわたって国民の利益を考えると、そういう事実もデータとしてきちんと残しておかないと、後でどんな時代だったかがわからなくなってしまいますよね。あるいは日本人や日本語に関する研究で特に日本語で書かれたものなども、今、たとえばゲノムに関する英文の論文と比べたら、インパクトが小さくなるのはやむを得ないかもしれません。しかし、「現在」という狭い時間軸の価値観だけでデータを集めたり評価したりしてはいけないんだ、と考えています。学問領域をカバーするデータベースとして、そういった多様性を残すことはリスクヘッジだと思うからです。

またresearchmapのデータは、標準的なXMLという仕様で正規化されていますので、これを外部のホームページなどで活用できるツールをAPIとして公開します。たとえば大学のホームページ上で、researchmapから学部の先生のデータだけを引いてきて、その大学の研究者リソースとして公開するといった活用が簡単に行えます。ある程度決まった書式で公開することができ、各大学・学部ごとに必要な項目や情報を付け加えたウェブページに仕上げることも、もちろんOKです。

ところで、高校生を見ていると、これまでの自分の勉強や関心と、大学の学部・学科名が結びつかないことが多いんですね。たとえば「心理学」みたいなものを勉強したいんだけど、どんなことが学べるんだろう、どんな先生がいるんだろうと、とresearchmapで検索する。そんなふうにして将来的には、ぜひresearchmapを高校生の進路相談ポータルとしても活用してほしいですね。この人に教えてもらいたいというモチベーションを持って大学へ進む人が増えれば、地方の大学などももっと特色が出すことができますし、本来的な学びの場としての大学の可能性もいっそう広がるものと期待しています。