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おとなりの研究者
東京大学
教養学部附属教養教育高度化機構
特任講師

大阪大学
文学研究科 文化表現論専攻
教授

国立情報学研究所
社会共有知研究センター
センター長・教授

日本大学
芸術学部デザイン学科
教授

秋田大学
教育文化学部
准教授

file 02:仙臺四郎は招く

仙台に「仙臺四郎」というキャラクターがあるのをご存知ですか? 江戸末期から明治時代にかけて実在したと伝えられ、今でも福の神として知られていて、その人が立ち寄った店は繁盛するという伝説のある人物なんです。仙台のお店へ入ると、よく仙臺四郎が座っている写真が置いてあったりするんですね。

そこで僕の個人的な意見なのですが、一般の人々にとって科学者というのは、案外、七福神のえびす様とか、この仙臺四郎みたいな人ではないだろうか。科学者たちは、僕らの生活にはむしろ全然関係ないんだけれども、すごいことをして自分たちをハッピーにさせてくれたり、宇宙ってすごいんだなあって純粋に思わせてくれたりする。そして自分たちがやってるサイエンスっておもしろいぞ、って素直に言ってくれる。

よくサイエンスカフェなどで、研究者の方々が、一般の人々へのコミュニケーションとして、私の研究はあなたたちのためになることだから予算が必要なのだ、という話をしてしまうことがあります。しかし人々が科学者に求めているものは、それとは別のものだろうと思うんです。これは東大の池谷裕二さんから対談の席でうかがった話で、なるほどと膝を打ったんですが、研究者のコミュニケーションには3種類あるというんです。ひとつは学会での専門家同士の議論。ここでは専門用語もどんどん使えばいい。2つ目は、プロの科学者を相手に、しかし自分の専門分野とは違う科学者に向けてプレゼンする、予算獲得のためのアピール。そして3つ目が一般に向けてのアウトリーチ。この話をうかがって、多くの研究者は2つ目と3つ目がごっちゃになっていると感じました。予算獲得のプレゼンをするような口調で一般の人に話してしまう。予算獲得のためにはちょっとばかり自分も信じていないことをいうでしょう、この研究は将来こんなに役に立って、日本のためになりますとか何とか。一般の人はそこを敏感に察してしまうんじゃないか。それよりは自分が本当に面白いと思うことをただ伝えようとすればいい。それがコミュニケーションの原点だと思うんです。

たとえば今とても注目されているiPS細胞の研究は、将来、がんアルツハイマー病などの治療に役立つことが期待されています。けれどもそれは50年後かもしれないし、100年後かもしれない。もし「あなたたちの役に立ちます」というところでコミュニケーションして、「今、私のお母さんががんで死にそうだからなんとかしてください」という期待を引きだしてしまったら、そこに科学や科学者に対して、取り返しのつかない不信感が生まれてしまうのではないでしょうか。

それよりもiPS細胞って、なぜ細胞が発生してきて、分化してきて、こんな多様性のある人体ができたのか、そういう生命の根源についての謎を解き明かす、まさに"鍵"なんですよ─こういう話のほうが断然おもしろい。それに、こっちのほうがかっこいいじゃないかと、僕は思っています。 そして、アウトリーチ活動では生命の謎を語りつつ、日常の研究ではどうしたら本当に社会に役立てるかを懸命に考え、地道に、着実に、未来へ成果のバトンをつないでゆく──これが僕にとっていちばんかっこいい研究者の生き方なんです(笑)。