そもそも医術というのは、基本的にはどこかで技術であるという側面を持っているんですね。やはり病気を治す、少しでも長生きをするというためのものですから、この目標なりミッションがあって医術は成り立っているわけです。
ヨーロッパの医学部では19世紀の終わり近くまで、外科医は大学の正式メンバーと同等の扱いから外れていました。中世の大学では、教師も学生も靴の隠れる長くて黒いガウンをいつも身にまとっていなければならないというのがきまりでした。それが現在の卒業式の時だけ着るガウンというかたちになって残っているわけですが、昔は大学の正式メンバーは全員そうだったんです。
ところが確かに医学部に外科医は雇用されていましたが、彼らは正式のメンバーではなかった。職人だからです。職人というのは具体的には何かというと、床屋なんですね。床屋はメスを持っているからひげをそるだけじゃなくて、はれものがあったら切開する、足など怪我してだめだと思ったら切り落とす、そういう役割を担う「理髪医」が、今の外科医へと引き継がれていきます。したがって当時外科医は、膝上丈のワンピースを着て、腰をひもでしばって、タイツに木靴を履いている。ひと目でこれは大学の医学部で雇われている床屋である、つまり外科医である、ということがわかるようになっていたんですね。
1870〜80年頃になって、ヨーロッパの大学の医学部にC・ビルトートという大変りっぱな外科医が現れて、初めて内科医と同等の待遇をされるようになったと伝えられています。当時の内科医がいったいどこまで偉かったかというと……さほど偉い知識を持っていたわけではないんですね。外科医のほうが、身体の仕組みについてよく知っていた。けれどもそういう差別があったんですね。
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ハロルド エリス (著), Harold Ellis (原著), 朝倉 哲彦 (翻訳)
バベルプレス 2008年11月 ISBN-13: 978-4894490727 |