契約法の研究に携わっているとはいっても、現実的な事態に対応する法律をどのように整備していけばいいか、といった作業を手伝うこともあります。たとえば昨年には、社会問題化していた貴金属の訪問買取りに対する法的規制のあり方について検討することを目的とした、消費者庁における「貴金属等の訪問買取りに関する研究会」に委員として参加したことがありました。買取業者が突然家に押しかけて、不要な宝石や貴金属はないですかと持ちかけて、極めて安い価格で、契約書面も十分に取り交わすことなく、時には強引に貴金属を持ち去るようにして買い取っていく、といった悪質な取引による消費者被害が2010年ごろから多発しており、この研究会では、それに対する法的規制についての検討が行われました。
訪問取引に関する法的規制としては、「特定商取引に関する法律」の中に訪問販売についての規定がありますが、現在の特定商取引法の規定では、このような訪問買取りをその規制の対象に含めることができません。特定商取引法における規定は訪問「販売」を対象としたものであって、訪問「買取り」には適用されないのです。訪問買取りについて特定商取引法が適用されると、事業者名・勧誘目的等の明示義務、再勧誘の禁止、契約書面の交付義務、不実告知や威迫・困惑を伴う勧誘の禁止といったような、一連の行為規制がかかり、またクーリング・オフのような消費者保護の規律も及ぶことになるのですが、訪問販売に関する規定である以上は「買取り」には及ばない。訪問買取りに対する法的規制としては、刑罰法令や条例などによる対応も現状においてなされていますが、やはり特定商取引法上の規制を通じて訪問買取りに関する取引の適正化を図ることが必要なのではないか、という点について検討を行ってきたわけです。
ただ、特定商取引法における訪問販売に関する規律を単純に訪問買取りについても及ぼすということだけでは、ここでの問題についての十分な解決にはなりません。たとえば、訪問買取りの場合には、貴金属などがいったん買取業者の手に渡ってしまうと、事後的にクーリング・オフが可能であるとは言っても、業者がすぐに貴金属を溶かしたり転売してしまったりした場合には、なかなか簡単には顧客側の損害を回復することができないのです。そのため、訪問買取りに関しては、クーリング・オフ期間中は買取りの対象となった物を業者に対して引き渡すことを顧客側で拒絶できるといった特別の規律を設けることを、研究会における検討の結果として提言しています。
そのような検討作業の中で、私は研究者としての立場から、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカなどで訪問取引や訪問買取りに関してどのような法的規制がなされているのかについての調査などを担当しました。実際に調べてみると、諸外国の立法例では、訪問買取りも含む形で訪問取引一般について一律に規制していたり、貴金属の販売・買取りを含む一定の取引類型に関しては訪問による取引自体を禁じていたり、そもそも訪問取引に関しては訪問「販売」についてしか規制を行っていなかったりといったように、極めて多様な規制が各国においてなされているということが分かりました。そうすると、それぞれの国でなぜそのような規律になっているのかについてのより精緻な理解に達するために、各国における訪問取引の社会的実態やそれに対する法規制の歴史的な経緯なども含めて、この問題に関する様々な文脈へと降り立っていくような調査がさらに求められることになります。それは、まさに学問的な作業となりますが、そういった作業を担うことこそが、実際に立法や法改正を進めていこうとする場面における、私たち研究者の重要な役割であると考えています。