人間の脳というのは、論理的に考えると、非常に非効率にできているんですね。ある脳があって、そこから認知したり、適応したりする必要に合うように、進化の過程でいろんなものを付け足してきたから……温泉旅館みたいなものなんです。要するに「建て増し」で、最初からつくるならそんな設計をするはずがない(笑)。だからいろいろな制約を持ってしまうし、いろいろなバイアスを持ってしまう。そこは絶対に論理では解けないから、ほんとうに事実どうなっているのかを調べなければいけません。
一方、論理は要素を組み立てるときに関係するんですね。具体的にはたとえば、ゲーム理論などがそうです。けれども実際に人間がどのような脳のしくみを持っていて、人間がものを考えるときにそれがどういう影響を与えるかについては、論理ではどうしようもありません。
そこで私のようにゲーム実験をやりながら、事実どうなっているのかとだんだん脳科学に近づいていく。けれどもそうしていると、つながりの論理のほうができなくなってしまうかもしれませんね。ですから、そこはいつも、両方に目を配っていないといけません。しかし実はこれ、学者としては、かなり綱渡りだと思うんです。
学者として尊敬されるためには、専門家にならなければいけません。両方に目を配りながら行くと、「あいつはよくわかっていない」というわけで、両方から馬鹿にされる可能性が高い。それに堪えられる気力がなければ、こういう研究はできません。