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おとなりの研究者
立教大学
21世紀社会デザイン研究科
特定課題研究員

京都精華大学
人文学部 総合人文学科
教授

早稲田大学
国際学術院 国際教養学部
教授

北海道大学
大学院メディア・コミュニケーション研究院/ 国際食資源学院
准教授

龍谷大学
法学部 政治学科
教授

file 02:まるいプランテーション

南部アフリカの上空から地上を眺めると、まるで描いたような巨大なまるい円がぽつりぽつりと並んで見えることがあって、Google Earthなどで公開されている航空写真でも見ることができます。それらは水を撒くスプリンクラーが描いた模様なんです。円の中心を起点にして、半径の長さを持った棒がぐるっと巡って水を撒く、近代的な設備を持った農場で、トウモロコシなどを栽培しています。そういった大規模な農場が、アフリカの大地に散在しているんですね。

アフリカの上空を飛行機で飛ぶと、ヨーロッパやアメリカのように、大きな畑が整然と並んでいるという風景を目にすることは、まずないですね。局地的には人口密度が高いところもありますが、全体としてはまだ人口密度が低く、人々はめいめい好き勝手なところに住んでいるといった感じです。変化してきてはいますが、他の地域と比べれば整然とした秩序感は希薄です。その感じは、裏返せば、自由さのようなものと通じるように思います。1980年代の終わり頃に初めてキンシャサへ行ったとき、ひどいところも多いけど、人々が自由に生きているな、という印象を受けたんです。

私はアフリカを見ていて、「遅れている」という印象をあまり持っていません。「貧しい」という印象も持っていない。現地にいるとき、特に村で暮らすなどそこにいる人々に近い生活をしているときほど、我彼の違いに無頓着になるような気がします。

自分は東京に住んで毎日幕張に通っていて、すごく疲れている時に出張でアフリカへ行くと、ほっとして元気になります。その理由はおそらくアフリカにある自由さのようなものに自分が惹かれたり、癒されたりしているからでしょう。現在の日本も、もちろんいろんな問題に直面していて、それは難しく言えば、近代という問題かもしれません。もちろんアフリカも近代を摂取しようとしてきたし、今もしていると思います。ただその一方で、それに乗れないところもあって、だから先進国を中心とする国際社会はそれを問題視して関与・介入しようとするわけですね。しかしながらアフリカの人たちが持っているいろんな豊かさに、僕らはすごく学ぶところがあるなあ、といつも思うんです。たとえば、みんなよく笑うんですよね。それは、なんていうか、たいしたもんだなと思うんです。