file 03:なぜ免疫を選んだのか?

もう30年ぐらい前になりますが、私自身が免疫を選んだのは、ひとつにはまだ若い分野だったからです。研究成果が出ると、それをジャーナルに発表するわけですが、解剖学病理学などはある程度分野が完成していて、ジャーナルが薄いんですね。またそれとは別に教科書のようなものもちゃんと揃っている。ところが当時免疫は、まだ教科書もないし、感染症やウイルスを取り扱っている読み物もない。免疫関係のジャーナルは分厚くて、いろんな成果が活発に報告され始めているという時期でした。まだまだわからないことがたくさんあるんだなということと、全体としてなんとなく好きな分野だと思って、この道を選んだんですね。

医学の場合、自分がどちらが好きか、得意かによって、一方に数学物理学、他方には分子の現象を見る生物学や生化学と、だいたい2つの方向性に分かれます。たとえば薬理を扱うようなものは物理・数学のほうだし、私の場合はやるならば分子の現象を見て、まだよくわからない免疫のようなものを扱うのが性に合っていると思ったのです。そこで私は、当時東大の免疫学者だった多田富雄先生の学生になりました。

多田先生は東大退官後、しばらくして、突然に脳梗塞を発症し、言葉が出ない、体が自由に動かないという境遇になられました。しかし先生には文才があって、動く左手だけでキーボードを打ち、文章を書く。そして同じような境遇の生命科学者の方と対談するという、新しい活動を始められました。そんな先生の著作の中から、学生たちにも勧めている一冊を紹介します。

柳澤 桂子 (著), 多田 富雄 (著)
集英社   2008年8月   ISBN-13: 978-4087463439


診断名のつかない病気に苦しむ患者が、いかに辛いか。ところが、ある医師がその病気の特徴を捉えて病名をつけた。その時、いかに患者として精神的に救われたか。そんな話が書かれていて、やはり医者になる人には読んでもらいたい本です。

免疫はシステムで考える学問分野であり、その時にやはり、哲学的なモデルのようなもの含んでいます。分子を発見したとか特定したという成果は、そのようなモデルやコンセプトの証拠としてある。そんな意味でも、多田先生のそばで勉強できたことは幸運なことだったと思っています。

中山 俊憲(編さん)
羊土社   2011年10月   ISBN-13: 978-4758103183