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おとなりの研究者
広島大学
ハラスメント相談室
准教授

大阪大学
人間科学研究科 人間科学専攻
教授

横浜国立大学
大学院都市イノベーション研究院

京都大学
大学院文学研究科 行動文化学専攻
教授

file 02:マイノリティの視点

研究室の学生たちに勧めていることのひとつは、自分にとってリアルな問題意識からスタートするということ。これによって、自分の身の回りを批判的に見る視点を獲得することが大切です。これに加えて、その問題意識をしっかりと考えていくために、これまで蓄積されてきた文献や理論を把握して、自分のものにしていくこと。この2つをつなげていくことが、すごく大事であって、身近なところから得た問題意識を、狭い視野で考えてしまわないようにしなければいけません。

社会学は、近代以降の社会のしくみを対象として、社会とは何か、人はどのように社会の中で生きていくのかということをずっと積み重ねて考えてきている学問だと言えます。その基本は、ポストモダンとされる現代においても変わっていません。ですから、古典的な文献・理論を学びながら、現代の自分にとって身近な問題意識を組み合わせて考えていって欲しい─学生たちにぜひ望みたいのは、その両輪ですね。

まず問題意識を持つ、「これは何か違うんじゃないだろうか?」と思い始めるためには、やはりマジョリティの立場からは、あまり芽が出てこないですよね。既存を当たり前にしているのではなく、やっぱり自分は何か外れていると。そこから「どうしてこうなんだろう」「何か間違っているのではないか」……という芽が見えてくるわけですね。この社会のなかで女性であることとか、障害を持っていることとか、性的マイノリティであるとか、そのような立場にあるおかげで、社会に鋭い目が向けられるというのがあるわけです。

いわゆるマイノリティではないはずの、健常者の男性であれ、若い人なら、今の社会のマジョリティであるおじさんたちの「常識」ややり方に対して、やはり「えーっ?」と思うことがあるでしょう。そこにもおもしろい気づきがあるし、人はいろんな面で、生まれ方も育ち方もいろいろ違うから、好むと好まざるとに関わらず、何らかのかたちでマイノリティの立場であり得るわけで、そこから世の中の「これって何かへんじゃない?」ということを見通していく視点を、ぜひ獲得してほしいですね。もしかしたら「エリート」とされている人たちでも、その扱いを受けていることによって、かえって排除されていたりということがあるかもしれない。マイノリティさもさまざまですから、そこから社会を見ていけるおもしろさは常にあるわけですね。そういう視点があるからこそ、若者の研究が、これまでの蓄積に何か新しいものを付け加えていく、深めていく力になり得ると思っています。

●学生のための参考書

上野千鶴子
岩波書店   1990年10月   ISBN-13: 978-4000003339


社会の中に公私を分離するしくみがあり、それに基づいて社会の構造がいかにうまくつくられ機能してきたか、そしてその限界がどこにあるのかということを、鋭く分析した本です。

牟田 和恵 (著, 編集)
新曜社   2009年12月   ISBN-13: 978-4788511835


公私の分離を前提としてある社会のしくみ、そして近代以降の「家族」のあり方には、今ひびが入りつつあると言えるでしょう。『家父長制と資本制』のような代表的な研究を前提としながら、そのひびを糊塗するのではなく、ひびが意味していることは何なのかを考え、人にとっての生きる基盤のオルタナティブな可能性について論じています。

エヴァ・フェダー キテイ (著), Eva Feder Kittay (原著), 岡野 八代 (翻訳), 牟田 和恵 (翻訳)
白澤社   2010年8月   ISBN-13: 978-4768479353


同志社大学の岡野先生と共訳した本です。著者自身、重い障碍を持った子供を持つ立場から、依存とそのケアが人間にとって必然であるという前提に立って、自立的人間像を自明としてきた西洋哲学の伝統を問い直すチャレンジングな本です。たとえば、重い障碍をもった人の声は、もっとも政治に届けられねばならないはずですが、投票という行為を前提とした政治参加のかたちでは不可能となってしまうという矛盾が、そこで見えてきます。