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変化をひらくドアVII

レアアース発見を通じて次世代に伝えたいこと。

東京大学工学系研究科
加藤泰浩 准教授

太平洋の公海に眠る、陸上埋蔵量の約1,000倍ものレアアースを発見した加藤泰浩東京大学准教授。レアアース(希土類)は、非常に特殊な電子配置を持つ稀少な元素で、LED、電池、強力磁石、光ファイバーなどを作る要となる、ハイテク産業に欠かせない資源だ。しかも今回の発見は、海の泥を採掘し、薄い酸でさらさら洗えばレアアースを簡単に取り出せるという、まさに夢のような資源。このサイエンス、これからの日本にどう役立てられるんだろうか─加藤泰浩准教授にお訊きした。

ライフワークとしての「全地球史解読」

僕らは、地球を研究しているんですよ。海がどうやって出来て、どうしてこのような酸素が充ち満ちた世界が生まれたんだろうか。大気海洋系を中心に、地球の表層環境がどう進化して現在に至っているのか。地球そのものが僕らの実験室なんです。そして実は地球の環境と資源にはすごく密接な結びつきがあります。たとえば地球では太古から現在まで酸素の量が増えたり減ったりしてるんですね。すると、たとえば海のなかの生物は、もし酸素がなくなったら生きていけないから絶滅します。それと同時に、海の底には特定の元素が沈殿して濃集したりする。今から2億5千万年前に、生物が大量絶滅した時期があるんですが、その後ごくわずか生き残ったものが空いたスペースを占有することで次の進化が起こっている。生物の進化史とは、実は、イコール絶滅史なんです。地球環境の変動が、そのような生物の成り立ちも、海の中の資源の生成も支配している。では地球の進化の中でどんな元素がどのように移動したり、分配されたりするのか。そういう元素の分配則を、僕らは解明しようとしているんです。

資源とは何か、それは極端に元素が偏って濃集したものなんですね。たとえばという元素は、精度の高い分析機器を使えば、どんな岩石の中にも微量には含まれていることがわかります。その中で、どこかに金が相対的に濃集している場所がある。それが金鉱床と言われるものです。では有用な元素がいつの時代の地層にあるのか、レアアースが地球上のどこで濃集しているのかを、知りたいですよね。そこで、46億年の地球の歴史をすべて解読しよう。そして、資源が生成する仕組み、元素の濃集のグランドルールみたいのを僕らは見つけたいと思う。これを知るために、実は海の泥の調査研究というのは、基本中の基本なんです。今の海が理解できなくて、昔の海で起こった出来事を復元して、地球史46億年の資源の生成プロセスを解明することなんてできるわけがないんですよ。

役に立つことが、僕らにとってすごく重要

僕らがなぜそんな研究をしているのかというと、自分が研究業績を挙げるとか、大学の先生になるとかね、そんなことは、どーでもいいんです。自分のために研究をしてはいけません(笑)。そうではなくて、やっぱり僕自身が一番気になっているのは、日本の行く末をどうするんだとか、次の世代のために自分の研究がどう役に立てられるのかとか、それがすごく重要なんです。もちろん研究は、自分がサイエンスが好きであることが大前提であって、知りたいという熱い想い、情熱みたいなものが大切なのは言うまでもありません。その上で、この研究はいったい何の役に立つのかと、悩み続けることが重要なんですよ。特に若い人は─ぜひとも自分の研究をどういうふうに世の中の役に立てようかということをね、常に、考え続けてほしいんです。

ところでレアアースというのは、すごく特殊な電子配置をしているんですね。原子核を取り巻く電子殻のうち「N殻の4f」という電子軌道を空洞にしたまま、外側の軌道が先に埋まっている。それはまさに原子物理学の世界で、この極めて特殊な電子配置こそが、レアアースの特別な機能を生み出している。だからこの機能を代替しようとしても別の元素が大量に必要だったりして、どうしても難しいわけです。

僕らは大量のレアアースが海の底にあることを発見しました。これはやはり「公のための知」なんですね。僕らがそれを資源として使うという方向性を見出すことによって、いま中国一国がレアアースを独占して生産して、外交の切り札にしている状況などを、たぶん変えられるんじゃないか。ほとんどが公海上にある資源だから、ある意味では誰が開発してもいいんです。ただ今回発見した有望海域の一部にはフランスアメリカの排他的経済水域が含まれています。そうなるといろんな国が興味を持ち始めますね。そんなふうにして世界を巻き込んでいくことだってできるんです。

資源のことなら加藤に聞いてください

アメリカのテキサスA&M大学には海から採取された大量の泥のサンプルが保管されていて、僕たちは今回、これを徹底的に調べたんですね。常識的な研究者は50個くらい分析して1本論文を書くみたいなことをするんですが、非常識な僕らは約7,000個もサンプルをかき集めました(笑)。今回ネイチャー・ジオサイエンスに掲載された論文に使ったのはそのうちの約2,000個です。太平洋全域を知ろうと思うとそのくらいは必要で、レアアースの資源になりそうな泥がどのように分布しているのかがだいたいわかった。さらに、こういうレアアースの濃集がなぜ起こるのか、「独立成分分析」という多変量解析手法も使って、そのメカニズムを解明しました。

「でも、4,000〜5,000メートルもの深海の泥なんて採取できないんじゃないの?」─よく聞かれるんですが、30年以上も昔、1979年にドイツの鉱山会社が紅海でテストしていて、水深2,000メートルから年間4,000万トンの泥を引き揚げることに成功しています。現在の技術をもって、たとえばタヒチ沖のレアアースが濃集している海域で、4キロメートル平方・深さ10メートルの資源泥2,600万トンを採取すれば、レアアース量は約3万トン。これは日本の年間必要量とほぼ同じで、現在のレアアース価格で約7,000億円以上の価値が見込まれます。

「レアアースの価格が暴落してペイしないんじゃないの?」─仮に今の高騰した価格の3分の1くらいに下落してもたぶんペイできます。レアアースを含んだ深海の泥は、ものすごくキメが細かいのが特徴で、レアアースの抽出が極めて容易だからです。沸石鉱物の一種のフィリップサイトなどに、レアアースがゆるく吸着しており、薄い塩酸で洗うだけで1〜2時間でほとんどすべてのレアアースが回収できます。

「採った泥を海に戻して環境への影響は大丈夫?」─薄い塩酸を使ってレアアースを取りだしたら、その塩酸を水酸化ナトリウムで中和します。すると塩ができる。塩にして深海に戻せばいいんです。ただし、戻した泥が海流でどのように拡散するのか、しっかりと見極める必要は当然あります。……そういったことを一つ一つ、いま実際に資源の開発ができる会社の人たちと一緒に、一生懸命議論しています。