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明日へとつなぐ鍵Ⅳ

もぞもぞインターフェース革命っ。

東京大学
五十嵐健夫 教授

ペンやマウスでお絵描きをすれば、たちまち3Dモデルができあがるソフトウェア「Teddy」のクリエータとして、インターフェースの分野で世界的に知られる東京大学情報理工学系研究科の五十嵐健夫教授。現在、ERATOのプロジェクトリーダーとして、1)コンピュータ・グラフィックス、2)実生活で使うモノを作るためのツール、3)家庭用ロボットやコンピュータ家電、という3つのテーマに取り組む。予定ではプロジェクト最終年度にあたる2012年、コラボレーションによる多彩な成果が揃いつつある一方で、五十嵐教授自身が目指す次のビジョンも気になるところだ……小雨の東京大学を訪ねた。

境界領域というのがキーワードになる。

もともと僕はプログラミングと絵を描くのが好きだったので、そこをコアにして10年以上取り組んできたのが、コンピュータ・グラフィックスという分野なんですね。ペンと紙があれば誰でも絵を描けるので、これで三次元の形状が作れたらいいな、と「手描きスケッチによる三次元モデリングシステムTeddy(SIGGRAPH 99 Impact paper)」を作りました。いまの社会では、たとえば他人が作った音楽を聴く、映画を観る、お店へ行ってモノを買う……というように、ひたすら消費する生活ですよね? 何かもうちょっとみんなが自分の考えを表現して、人に伝えられるようにしたい。そこで今回のプロジェクトではまず、Teddyの延長線上で、個人がモノを表現したいときに思い通りに使えるインタラクションを考えました。

成果のひとつが「MovingSketch(SIGGRAPH2005、Brown Universityとの共同研究)」です。既存のグラフィックソフトでは、移動・拡大縮小・回転といった基本操作はできるけれども、描いたクマの耳を引っぱったり、足をばたばたさせたりしようとすると、すごく大変ですよね? そこで、これを簡単にできるようにしました。マウス操作で、落書きした絵に「ピン留め」を打つことができ、他の部分を自由につかんで、絵に自然な動きをつけることができます。そして自分が動かした絵が、そのまま録画できるんですね。手書きのへびがにょろにょろ動いたり、ゆるキャラなどもいろいろ作れるので、デバッグのたびについ遊んでしまう……(笑)。CG作品といえばこれまで、作り込んだものを観るだけだったのが、これはその場で作る、さらに動かしている様子をコミュニケーションに使うことができます。製品にもなっていますので、テレビなどでもぞもぞ動いているのを見たら、これかも、と思い出してみてください。

さらにこれを発展させて、コンピュータの中にある二次元の絵を、マルチタッチデバイスという技術を使って、直接指でつかんでもぞもぞ動かせるようにもしています(デモはこちら)。デモするとよく驚かれるのですが、僕らはコンピュータを使いやすくする「インターフェース」と、コンピュータで視覚的な表現を豊かにする「コンピュータ・グラフィックス」の境界領域で仕事をしているんですね。この2つ、専門分野としては、実は全く別々の領域なんです。

こんなのが欲しいです、と描けばモノが作れる。

そして今度はコンピュータの画面から外に出て、たとえば鞄が欲しかったらお店で買ってくるのではなく自分で作れるようにしよう、というのが第2、第3のテーマです。形状モデリングを基本に、モノに重みがあるとか、突き抜けられないとかいった実世界の物理的な法則を入れて、最初にぬいぐるみを作るソフトを作りました。ソフトは画面が左右に分かれていて、左側にこういうぬいぐるみが欲しいです、と描くと自動的に三次元になります。同時に右側に二次元の型紙が表示されるので、印刷して、布を切って縫い合わせて、綿を入れれば、ぬいぐるみができます。ぬいぐるみはやはり、ある三次元形状が欲しいときにどんな型紙にすればいいかが難しい。そういった作業こそ、コンピュータが助けてくれるんですね。

こんな感じでいろんなモノを作れたらいいなということで、最近ではビーズ作品が簡単にできるツールなども作っています。こんなビーズ作品が欲しいです、と左側に描いていくと、右側にどんどん三次元のビーズモデルを表示してくれる。できあがったら、コンピュータが針の通し方を全部考えてくれます。また手順はアニメーションで見ることができるので、その通り刺していけば作れちゃう。これも今まで、いくらビーズが好きでも一般の人にはなかなか手の届かない領域だったんですね。この他、編み物のシリーズなどいくつかの作品があります。

さらに高精細なシミュレーションとして、仕事に使うような服飾デザインのためのソフトもつくりました。今度はまず、左側に表示されているマネキンに、マウス操作でペタリと布を被せていきます。すると画面上で実際の布のように体にフィットし、その型紙が、右側にどんどん作られていきます。型紙をちょっとずつ変えれば、左側で細かなしわの寄り具合がリアルタイムで確認できる。実際服のデザインと比べると、もう比較にならないほどトライアル&エラーが簡単ですよね。もちろんマネキンの代わりにオリジナルの体型も入れられますから、たとえば怪獣やキャラクターの服も作れるし、そのまま小さく作ればフィギュアに着せられます。

アート性はたぶん評価される。

自分にとって研究とは何か?─ひとつには、専門家にしかわからないものよりも、みんなが見てわかりやすい研究をしたいですね。それから学術研究なので当然、個々のアルゴリズムがしっかりしている必要がありますが、そこにメッセージ性があるといいなと思っています。たとえば「Teddy」なら、それまでCGと言えばツルツル、カクカクしたものしかなかったわけで、そういう固定観念を崩したかった。既成の考え方を変えたり、意識させたりするいわばアート性の側面は、たとえば論文を査読するときも結局、評価対象になっていると思いますね。それから実用性を目指して作っていますが、やはり大学の研究として、数年〜10年先にコンピュータの処理速度や周辺機器などの環境が整ってきたら活きてくるようなものを狙っています。

コンピュータっていうのは、基本的にはコマンド(命令)なんですよね。ユーザがボタンを押したり、メニューを選んだりすると、何か起こる。だけど、このように逐一あれやれ、これやれと指示しなくても、人間とコンピュータのやりとりのしかたが、もう少し自然にできたらいい。ユーザの操作をサポートする技術がブラックボックスになっていても、自分でコントロールできることが重要だと思いますね。

たとえば自動翻訳もいろいろ出てきていますが、日本語を入れると英語になって出てくる……その間のプロセスは、ブラックボックスですよね? どうも思った英訳にならない、というときに、ではどこでどうコンピュータが間違ったのか、その翻訳システムの中に手を突っ込んでいろいろ試してみたい。自然言語処理の最近の成果に、インタラクションやグラフィックスの経験を活かしたらどうなるだろう?─それは翻訳支援システムみたいなものかもしれないし、旅先での会話集みたいなものかもしれないけれども、いつか取り組んでみたいなと思っています。