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未来を探るひきだⅨ

どんどん省エネな建築へ。

早稲田大学 理工学術院
田辺新一 教授

キャンパスの地下に、東京でいちばん新しいメトロが発着する、早稲田大学理工系。その一角を占める建築学科に、田辺新一教授を訪ねた。建築の中でも環境設備を専門とし、住宅オフィスビルのみならず、自動車室内快適性、病院感染制御、学校の学習環境など、さまざまな空間に関する研究を手がける。「建築は実学」という田辺教授に、最新の取り組みと、その広がりや醍醐味等についておうかがいした。

建築学科は不思議な学科である

建築というと、都市をデザインしたり、家を建てたりといったいわゆる「建築家」のイメージがすごく強いと思うんです。しかし、建物に関することだと考えれば、実は非常に幅広いんですね。早稲田大学では建築史、デザイン都市計画、建築環境・設備、構造、そして材料・施工という6つの分野があります。建築家になりたくて建築を学ぶ方もいるけれども、住宅、建物、都市に広く関与している分野なのです。あまり狭く領域をとらえない方が良いです。

ヨーロッパへ行くと、実はアートの人とエンジニアリングの人は別の教育を受けているんです。建築デザインを志す人は、デザインを専門的に教えてくれる建築学校へ行きます。有名なイギリスのAAスクール(Architectural Association School of Architecture)は、その一つですね。一方、機械設備は機械学科に、電気設備の人は電気関係の学科に属し、構造の人は土木と建築構造設計を兼ねた技術者として「シビルエンジニア(Civil engineer)」と呼ばれます。アートの人たちがデザインして、それをエンジニアとコラボレーションしながら建築を作っていくんです。

ところが、日本ではそのすべてが一緒にあって、分野同士がいわば兄弟みたいな関係にある(笑)。また、日本の建築教育は最初に総合的に教えて、後で分野ごとに分かれていくんですね。基盤的な部分を共有していることはよい面もあって、建築デザインの人でも構造のことがひと通り分かるし、構造の人も環境やデザインについて考えた経験があるという具合です。また、建築学科は工学部内にありますが、工学部を見渡してみると、建築の他に「歴史」を研究している分野は見当たりません。ところが建築はギリシアローマ時代から盛んだったし、都市計画やランドスケープについても非常に長い歴史があります。このように考えてみると、建築は自分たちがやってきたことの歴史を振り返ることができる、魅力のある学科とも言えるのではないでしょうか。

省エネは我慢しなくても進められる

私の専門は建築環境・設備という分野で、室内空気質照明や採光、冷暖房や自然換気などです。居住者が快適であるためにはどういう工夫をしたらいかを考えます。より具体的に言うと、どのような温度湿度がよいか、節電されても大丈夫なのかといった問題に答えていく、つまり「環境のエンジニアリング」です。特に最近は、エネルギーをまったく使わない住宅や建物「ZEB(ゼロエナジービル)」に取り組んでいます。というのも、日本のエネルギー消費のうち、建築・住宅の比率はなんと34%にも及び、しかもこの割合は増加しているのです。エネルギーを多消費していた産業部門が国外に出てしまったため、相対的に建築・住宅消費の比率が高まっているということもありますが、住宅に関しては、これまで1世帯4〜5人だったのが2〜3人に減り、いわゆる核家族化の進行が大きな要因となって、世帯数の増加に伴ってエネルギー消費が増えています。

ちなみに住宅内で最もエネルギー消費が大きいのは、給湯です。日本の住宅におけるエネルギー消費を全体としてみると、アメリカの世帯の約半分、ドイツの家と比べても少ないんです。というのは、日本の家は十分に暖房していないからなんですね。一方で、浴室と脱衣室で年間約17,000人の方が亡くなっているというデータがあります。これは交通事故で亡くなる方のおよそ3倍にあたります。原因は急激な温度変化や寒さです。断熱を十分にして部屋を暖かくすれば減らせることがわかっているのだけれども、なかなか進みません。客観的に研究結果を示すことが大切と思っています。

日本のオフィスビルなどの業務用建物の面積についても、増加傾向にあります。これが悪いかというと、そうともいえない部分もあります。日本の産業が知識創造型となり、考える場所としてオフィスが必要になっている。これを解決するためには、面積が増えても、トータルのエネルギーが増えないように、建材を工夫したり、設備を工夫したりして、どんどん省エネを進めればいいわけです。特に震災以降、エネルギーに関しては相当コンセンサスがとれてきているという印象を持っています。消費を減らせれば、発電だって減らせるわけですから。

省エネで重要なのは、省エネ=我慢になっていないか、という点だと考えています。冷房を28度に設定する「クールビズ」についても、暑くて働けないのでは困ります。われわれの実験では、顧客からの問い合わせを受け付ける「コールセンター」で、電話を受けることのできる件数は、快適温度から1度上がるごとに約2%減ることが明らかになっています。25度から28度にすると約6%生産性が下がり、これは約30分の残業に相当する。ちなみに、裸で寝ている時に最も快適に感じる温度は29度なんですよ。ですから設備というのは、本来その中の人にとっての効率的な作業環境や、クオリティオブライフ(QOL)を実現するためのものであり、それと省エネルギーをどう両立させるかという取り組みこそが重要なんですね。

実際に「建っちゃう」たのしさ。

建築はやはり実学というか、研究だけやっていても駄目な分野なんですね。自分が実際に建つ住宅やビルの計画などに携わらないと、研究の素みたいなところから離れていってしまう。建築環境分野では、研究だけを純化させていったことへの反省の時期に来ていると思います。それに建築はやはりフィードバックが得られるのがおもしろいところであって、要するに考えたことが実際に建つところにおもしろさがある。研究・開発をいかに総合化するかが仕上がりを大きく左右するんですね。それは経験を積めば積むほどよくなるんです。高名な建築家が年をとっても活躍し続けるのは、このためだと思います。

だから学生も机上の議論だけじゃなくて、実際のプロジェクトで勉強できることが望ましい。実は研究室でいま一番盛り上がっているのは、2014年の年明けに行われる「大学対抗省エネ住宅コンテスト(エネマネハウス2014)」なんです。早稲田大学の作品は「のびのびハウス」というもので、予選を通過した5校のうちの1校として、来年、実際にビッグサイトに本物の「家」を建設します。展示期間はわずか5日ですが、来場者の方々に住み心地を体験していただけるようなコンテストになる予定です。

そのようなわけで、幅広いテーマで研究を進めているのですが、自分の中での一番の課題は何かと問われたら、やはり人のことなんですね。僕の研究の中心にあるのは、人とその周囲の熱や空気、空間などの環境、それを人がどう感じるのかに尽きます。もし、万人にとってこれがよい家だというものがわかったら、画一的に全部同じにすればいいはずですが、そうはなりませんね。人それぞれ違うように、同じ家というものもありません。家というのはつまり、その人のクオリティオブライフを生みだすものであるべきだと僕は考えています。そこが建築のおもしろさと感じています。