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可能性を照らす道Ⅰ

人口光合成をもう一歩先へ。

大阪市立大学
神谷信夫 教授

理学部、工学部、生活科学科という学内3つの理系の学科が協力して、都市問題エネルギー問題防災都市計画などから焦眉のテーマを選り抜いてプロジェクト研究を立ち上げる─そんな取り組みが、大阪市立大学の複合先端研究機構で進められている。最新のテーマは光合成人工光合成。2011年4月にNature誌に掲載された、光合成における水分解の反応機構を解明する論文がきっかけとなって、いよいよ人工光合成システムが実現できるのではないかとの期待が高まるなか、昨年6月から人工光合成研究センターで産官連携による研究開発が本格稼動している。センター所長も務める大阪市立大学 神谷信夫教授を訪ねた。

CO<sub>2</sub>と水を原料に、グルコースと酸素をつくる反応

私は光合成に関わる研究をしてきました。光合成とは、CO2(二酸化炭素)と水を原料に、太陽光を利用してグルコース酸素をつくる反応です。このうちCO2からグルコースをつくる反応にはたくさんの物質が関わっていますが、水から酸素をつくるプロセスは、PSⅡ(PhotosystemⅡ)という1種類のタンパク質が担っています。私の研究対象は、光合成の最初の反応を担うこのPSⅡで、いったいどういう化学反応が起こっているのか、光合成研究の長い歴史のなかでも最後まで残った謎でした。

PSⅡはタンパク質が20種類集まった複雑な分子構造をしており、左右同一な一対がひと塊になって機能を発揮します。結晶構造解析のソフトウェアを使って中の構造を見てみると、PSⅡのなかにクロロフィル(葉緑素)がたくさん取り込まれているのがわかります。クロロフィルの構造は、五角形が4つリング状になったヘッド部分と、しっぽのような形をしたテール部分から成っています。クロロフィルは疎水性なので、PSIIの中で親油性の側鎖がたくさん集まってできたヘリックスが林立した構造に取り囲まれており、その多数のヘリックスは「チラコイド膜」と呼ばれる二重膜を貫通しています。このチラコイド膜がまたたくさん集まったものを「ラメラ構造」といい、植物の葉っぱの細胞にある葉緑体を電子顕微鏡でのぞくと、この構造を見ることができるんですね。

植物の葉っぱは、クロロフィルで太陽光エネルギーを受け取り、PSⅡの中にある「光反応中心」というところへ集めます。光を受け取った光反応中心では「電荷分離」が起こって電子が放出され、この電子がプラストキノンという物質に渡され……というふうにして光合成の反応が進んでいきます。ところが光反応中心の上には、分子にとって危険なプラスの電荷がまだ残っています。そこで「光反応中心」を構成するクロロフィルは、水から電子を得ようとします。PSⅡの中にはたくさんの水分子も含まれていますから「マンガンカルシウムクラスター」という物質の上で、水から酸素をつくって電子を引き抜くという反応が進行します。PSⅡが「水プラストキノン酸化還元酵素」と呼ばれるのはこのためなんです。

1.9オングストロームの解像度が研究を変えた

PSⅡの結晶構造解析は、私達だけでなく世界的にもさかんに行われている研究です。4年前、解析の分解能がそれまでの3オングストロームから1.9オングストロームへ一気に上がり、つまり、ぐっと詳細にわかるようになりました。原子核の回りにいる電子の雲、すなわち「電子密度」分布からPSIIの分子構造を詳細に理解できるようになったんです。これは画期的なことで、たとえば「マンガンカルシウムクラスター」を構成する5個の金属原子(マンガン4個とカルシウム1個)をつないでいる酸素原子はそれまで4個あると考えられていたのが、1.9オングストロームの分解能で見ると5個だということがわかりました。われわれの論文はこういった技術の進歩が背景になっています。

一方、人工光合成には、独自の歴史があります。中でも世界的な注目を集めたのが、日本人が貢献したことで知られる1972年の「本多ー藤嶋効果」の発見です。この研究は白金酸化チタン電極を水の中に入れて、酸化チタンに紫外線を当てると、水から水素と酸素が出ることを示しました。太陽の光エネルギーだけで、水から酸素と水素をつくったわけですから、人工光合成のまさに肝心なところを実現しています。しかし紫外線でしか働かないことなどから次第に研究が下火になり、人工光合成はその後も、社会状況に応じて何度かブームの浮き沈みを繰り返してきた経緯があります。

光合成のメカニズムを基礎づけるのは、なんといっても結晶構造解析です。PSⅡの化学反応を進める「光反応中心」を構成するクロロフィルや「マンガンカルシウムクラスター」の組成と構造が確定されたならば、これを再現しようというチャレンジも、一気に現実味を帯びてきますね? このような意味で、われわれの研究は、人工光合成へつながる新しい可能性を持っているのです。

段階的な課題を設定して産学連携の開発を

人工光合成システムの基本構成は、まず人工膜の片側にクロロフィル、カロチノイドという2つの色素分子を配置し、幅広い太陽光のスペクトルをカバーできるようにします。そして光反応中心、水素発生触媒またはCO2還元触媒、そしてマンガンカルシウムクラスターに相当する酸素発生触媒を置いて、電子を伝導するワイヤーで結びます。さらにこの人工膜に水素イオン透過性を持たせれば、これでひと通り人工光合成デバイスができるはず、ということになります。

世界中で行われているこれまでの人工光合成研究で、いま最も成果が上がっているのは光反応中心で発生させた電子を水素イオンと反応させて水素分子を、またはCO2と反応させて蟻酸やメタノール程度の有機物を合成する部分です。一方、これからの重要開発項目としては、まずマンガンカルシウムクラスター上で行われる水分解・酸素発生触媒が挙げられます。水から電子を引き抜く反応を直接コントロールするのは容易ではないため、現在われわれはその中間段階として、バイオマスなどを使った光合成水素発生に取り組んでいます。

また光エネルギーを受け取った後、電子を次々に他の物質へと効率よく渡していくために、関連する分子の配向と配置をコントロールする必要があります。そして最も大きな課題は、光合成システム全体としてのアーキテクチャをどうするかという問題です。いよいよ2014年4月から、富士化学工業(株)との共同研究として、カロチノイドを大量に含む藻類を培養し、得られたカロチノイドを配向させる研究がスタートします。この他、循環可能な人工光合成や、循環型エネルギーに関心を持つ企業とも産学連携の共同作業が進んでいます。ひとつずつコンポーネントを組み上げる地道な仕事を通じて、将来的にはアーキテクチャを狙っていきたいと考えています。