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おとなりの研究者
早稲田大学
研究院(研究機関)/附属機関・学校 平山郁夫記念ボランティアセンター
准教授

釧路公立大学
経済学部 経営学科 経済学部
教授

東京大学
大学院新領域創成科学研究科
特任助教

北海道大学
大学院文学研究科
准教授

北海道大学
大学院農学研究院 環境資源学部門 森林管理保全学分野
准教授

つながるコンテンツ;智のフィールドを拓くⅩ

エチオピアの自然保護政策から見える地域社会

福島大学

西﨑伸子 教授

アフリカ・エチオピアの野生動物保護政策は、保護地域から住民を排除する要塞型アプローチから住民参加型に転換したが、住民の抵抗は続き混乱は収束しない。住民と行政の間に風穴を開けるにはどうしたらいいのだろうか。住民とともに暮らして生の声を聞くことで見えてきたエチオピアの現状を、福島大学教授の西﨑伸子さんに聞いた。

◎野生生物保護政策が招いた、政府と住民との摩擦

多くの情報が手軽に手に入るようになった現在でも、アフリカに関する生の情報に触れることは難しい。マスコミから提供されるものといえば、飢餓難民貧困内戦、そして感染症などネガティブなものか、雄大な大自然と野生生物、文明に侵されない生活スタイル、スポーツで活躍する選手など、両極端だ。その狭間にある人びとの日常や地域社会、人びとの価値観は、どのように知り、そして理解したらいいのだろうか。

現地で住民の家に住み込みながら調査を行っているのが、西﨑伸子さんである。フィールドは、アフリカ大陸の北東部に位置するエチオピア連邦民主共和国のセンケレ野生動物サンクチュアリとマゴ国立公園。野生生物の保護と政府の姿勢、そして住民参加による自然保護政策の実態を調査している。「エチオピアでは、保護区が設置された1970年代から現在まで、問題が噴出し続けています」。そのひとつが野生生物保護政策である。

エチオピアにとって、野生生物は経済発展のために欠かせない重要な観光資源だ。中でもライオン、アフリカゾウ、バッファロー、ヒョウ、サイといった大型哺乳動物は「ビッグファイブ」と呼ばれ観光客にも人気が高い。しかし一方で、1970~1990年代にかけて密猟が横行し、個体数が激減しているのが現状だ。こうした事態に対してエチオピア政府がとった政策は、人と野生動物の間に境界線を引き、国立公園やサンクチュアリと呼ばれる保護区を設け、エリア内の管理を一括で政府が行うというものだった。しかしその結果、地域の住民は保護区となったエリアから排除されることになる。従来からこの地域で暮らし、牧草を利用して放牧を行ってきた住民は、当然のことながら反発し抵抗した。まるで要塞のように保護区を設け、人為的な行為の一切を排除する「要塞型アプローチ」は、住民と政府の軋轢を生み、戦争に例えられるほどの激しい対立が起きることもあった。

住民の排除が結果的に野生生物保護の促進につながらなかった反省から、次に提案されたのが「住民参加型保全」である。自然保護と住民の利用を両立する考え方で、欧米の援助機関などによって提案されエチオピア政府も推進する方向で動き出した。保全から生じる利益の住民への分配、土地や野生生物などの資源管理の一部を住民が行うなどである。「住民参加型」という部分だけを聞けば、従来の方法より民主的かつ柔軟なもので、住民の意見や希望を取り入れたものという印象を持つ。しかし、政策の転換がすぐに成果を生み出したわけではなく、軋轢は続いた。住民参加とは何を意味しているのか? その方法は適切なものだったのかなど、検証すべきポイントがいくつもあることが分かってきたのである。

◎環境教育という近代的手法とローカルの論理

住民参加型を実践するためのアプローチとして、まず、環境保護の大切さを住民に理解してもらうことが必要である。当初、西﨑さんは青年海外協力隊環境教育 のスタッフとして現地に入った。これがアフリカ地域の問題に関わるきっかけとなった。「住民たちに環境保全の大切さを伝え、管理事務所と住民の間に横たわる硬直した関係を打開することが期待されました」。現地に入った西﨑さんはまず、村の実態を把握しようと調査を開始。しかし人びとは「保護区は良い」「野生動物は大切だ」といった優等生的な回答をするばかり。一方では、サンクチュアリの中で家畜を放牧し薪を集めるという「違反行為」を繰り返す。なかなか理解が進まず、住民の不満も解消される兆しが見えなかった。

「公園事務所で生活し自動車で保護区との行き来をしている私は、政府側の人間として見られる。秘密裏に行われている狩猟に関する話を聞くことは難しく、住民と心を開いて話せる関係になるのは難しかった」と振り返る。環境教育をストレートに実施しても、人びとの生活に入り心情を理解していなければ成果を出すのは難しく、「任期の2年では人びとの生活や意識を理解するまでには至らない」という気持で帰国することとなった。行政が唱える住民参加とは、現地の人たちに馴染む方法だったのだろうか? 人びとの意識はどのようなものなのだろうか? 西﨑さんは大学でアフリカの地域研究に取り組み、研究者として再びエチオピアを訪れる。現地の人びとの文脈を理解し、政策に結びつけることができないかと考えてのことだった。

マゴ国立公園では毎年長期間にわたって現地の人びとの住居に住まわせてもらい、寝食をともにする。こうして野生動物保護区と隣接する地域社会で動物の個体数や、保護する管理活動についての調査を行った。研究者としてエチオピアでの調査を始めるにあたりポイントとしたのは、人の生活を深く理解するための作業に着手することだった。ともに生活し、家系図や親族図を作成。人びとにどんな歴史があるのか、何を大切に思い、どんな価値観で生きているのかを知ることにつながる。「住んでみて分かるのは、住民参加型といっても行政と住民のまなざしがまったく違うことでした」。例えば現地では、草原で人が出会うとあいさつと同時に「おまえはどこのクランだ?」と確かめ合う。クランとは生活を営む親族集団の単位で、人びとのアイデンティティに深く関わっている。集団の意思決定もクランの長老などが行うというように、伝統的な地域社会の文脈に則って生活している人びとに、行政が一方的に線引きした行政区単位で実施する政策を持ち込んでも、うまくいくわけがない。

国立公園のある場所は、豊かな牧草地があり昔から養蜂 も行ってきた、彼らにとって当たり前に存在していた土地だ。政府の決定で一方的に締め出されては、納得できるものではない。「なぜ政府に取り上げられなければならないのか」と考えている住民に、環境保護の大切さを解いても、納得などできないのは当然だった。しかし、彼らの話に耳を傾けていくと、何も考えずただ放牧をしているわけでも環境に無関心なわけでもないことが見えてくる。現状のように自動小銃を使って野生動物を獲り続けていいとは思っていないことも、話をする中で分かったことだ。しかし、政府は頭から住民らに資源を使わせないという政策をとったため、「自然を守っていたら自分たちが使えない、何のために守るのかも分からない、食料はなくなる」と行き違いや反発が生まれたのである。

地域にはさまざまな課題があるが、住民同士で解決するべきこと、住民と地域の行政が調整すること、さらに国や国際社会が対応することなどさまざまだ。西﨑さんは「その結果はその土地に暮らしている人がいちばん影響を受けるため、一つひとつの課題はその場で調整していくしかない。その時に、住民の視点、地域のルールを尊重しなければ、いい結果は生まれません」と話す。住民やそのコミュニティが持っている背景や文脈を理解することや、地域から国際的な事情を含めて状況を把握するために、研究者という立場が有効だと西﨑さんは感じているという。環境保護においても文化的な背景を理解するとともに、科学的な提案ができる。自然の資源を利用する量や範囲、狩りの制限と動物の個体数の回復など、自然が再生するサイクルを割り出し、かつ生活も維持できる利用の方法を明らかにし、コミュニケーションを図るためには、強制や抵抗と一線を画した立場が有効なのである。また特定のプロジェクトによって現地で活動する国際NGOなどが期限付きであるのに対し、何10年という長いスパンで地域を見つめ関わることも、研究の意義だと感じている。「かつて共に活動した人たちが、研究や行政にたずさわり、それぞれのポジションで課題に取り組める年齢になってきたことは、現状の理解や政策を進めるうえでとても大きい。現地で行政に携わる人もだんだんと育ってきていることが感じられます」。

◎観光を切り口とした社会問題への切り込み

西﨑さんが、今後、エチオピアの現状を明らかにするために取り組もうとしているテーマは「観光」である。マゴ国立公園近くのオモ川流域では、5年ほど前から急激に観光地化が進んでいる。観光客の目当ては、この地域に住むムルシ民族で、首飾りや髪飾りでの独特な装飾、唇に円形の装飾品「リッププレート」をはめる女性の姿などを見て写真に収めるのが人気だ。秘境の暮らしと独特の文化を求めて年間数10万人が訪れるという。そして、受け入れるムルシ族は、観光客に自分たちの姿を撮影させることで現金を得る。収入は、放牧やトウモロコシの栽培などを行っていた従来の暮らし方では得られないほどの額になるという。

「秘境で暮らす人びとを見に来る観光客の視線は、蔑むようなものであることは確かです。しかし、ムルシ族の人びとは蔑まれているという意識はありません。むしろ自分たちの方が格好良く、観光客の姿や振る舞いがいかに変なのかを噂し合っているのです」と、フィールドに入ったからこそ分かるムルシ族の人たちの意識を西﨑さんは説明する。自分たちとまったく異なる姿をした観光客が不格好に見えるのは、ごく自然な感覚かもしれない。それも、直接聞いてこそ分かることだった。「これまでの観光学は見る側からの視点が主でした。見られる側の論理で観光を捉えると、観光のあり方や観光客の意識もこれまでと違ったものになると思います」。商業化した観光で大金を手にしたり、伝統的な文化や精神性が崩れたりするなどの問題はよく指摘されるが、それもまた一面的な見方である。見せる、または見られることによって文化や地域を守る方法もあるのではないかと西﨑さんは考えている。

観光を扱うことで、人びとの暮らしだけではなく、この地域がおかれた状況も世界に発信することが可能になるかもしれないと西﨑さんは話す。この地域では、外国企業による大規模な土地の占有利用が始まっている。広大な土地を占有して綿花やサトウキビを生産する。政府が受け入れたもので税収はあるものの、住民が自由に放牧を行う土地が狭められ、地元に利益がないまま住民の生活地域が脅かされるのである。「政府は雇用を促進して近代的な生活に移行させる意図があるようですが、地元の人たちは牛を飼う生活が大事。雇用されることなど望んでいないのです」という西﨑さんの言葉は、野生生物保護に関する問題に取り組み住民の意識を肌で知った経験に裏打ちされたものだろう。「こうした情報は国際社会に出てくることはほとんどなく、一部の国際人権団体などが抗議をするものの報道は一切ありません。こうした問題について、観光で注目されることによって住民の状況を明らかにする糸口がつかめないかと考えています」。アフリカの地域における人びとの暮らし、社会の課題、政府や国際社会の影響。社会活動やジャーナリズムも取り組むべき課題であるが、研究者の立場でアプローチは、さまざまな場面、セクター、考え方に影響を与えそうだ。