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おとなりの研究者
早稲田大学
平山郁夫記念ボランティアセンター
准教授

釧路公立大学
経済学部 経営学科 経済学部
教授

東京大学
大学院新領域創成科学研究科
特任助教

北海道大学
大学院文学研究科
准教授

北海道大学
大学院農学研究院 環境資源学部門 森林管理保全学分野
准教授

file 01:エチオピアの野生生物保護政策と現状

国立公園となった地域は、もともと前人未踏の秘境のような自然が広がっていたわけではない。数10人から10万人規模のおよそ6つの民族集団が暮らし、養蜂と狩猟を行って生活が営まれていたところである。国立公園が設立されたのは1975年のことで、このとき一部の村落の長老とのみ合意を交わしたのみだった。その後も槍や罠を使った密猟は続いていたのである。

エチオピアの人々はそれまで槍など伝統的な手法で狩猟を行っていたが、これは技術を要することであり多くの収獲を上げる人物は一定の尊敬の念を集める存在だった。民族間では互いに狩猟の範囲を広げることがなかったため、結果的に野生動物の個体数を維持することができていた。ところが、90年代以降隣接するソマリアやスーダンでの内戦が激化すると、自動小銃が流入する。だれもが簡単に猟を行うことができるようになり、大型哺乳動物が激減。保護をめぐって公園管理者と住民との間で銃撃戦が起こるという事態にまで発展した。住民を排除する「要塞型」の国立公園管理は限界を見ることとなり、国際社会の価値観も反映して「住民参加型」が提唱されるようになったのである。1994年、マゴ国立公園では住民が参加する公園管理の会議がはじめて開かれることとなり、住民の意見を取り入れるという行動をともなった住民参加型保全の一歩を踏み出すこととなった。