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おとなりの研究者
立教大学
文学部 キリスト教学科
准教授

北海道大学
大学院文学研究科
准教授

八戸学院大学
健康医療学部 人間健康学科
教授

旧所属 東洋大学
文学部第一部 英語コミュニケーション学科
教授

file 01:教育へのテクノロジーの導入

MOOCsについて、いずれは忘れてよい、たんなる「バズワード」としてではなく、真剣にその意味を考えるためには、そのテクノロジーのポイントはどこか、そして大学制度や高等教育制度にどのような影響を与え得るかというかという、少なくとも2つの観点から考えなければいけません。なぜMOOCsが登場して、一定の支持を得たのでしょうか。それはたんに技術の進歩だけではないはずで、その背後には、さまざまな制度的な問題があります。また近代から現代にかけて、国ごとに事情は違いながらも、高等教育に求められる役割についての一般的な認識が変化してきているはずであり、このような問題も考えなければならないでしょう。

基本的に、教室に生徒や学生を集め、先生が教壇に立って授業をするという形式は、人類史の中でおそらくギリシアや古代中国の頃からずっと続いてきたと考えることができるでしょう。このような教育に対して、いったいいつテクノロジーの導入が始まったのか、断定することは難しいとは思います。たとえば黒板のようなものにしても、「みんなに見せるもの」という機能を担っており、技術として洗練されてきた経緯があるかもしれません。

しかし、大きな変化のひとつは「教科書」の登場ではないでしょうか。それ以前にも、中世のヨーロッパの町には書写生がいて、実は本をひたすら写して大学生に売っていたという記録が残っています。しかし、印刷という大量複製テクノロジーの登場は、おそらく19世紀以降における教科書の成立を支えているだろうと思います。つまり、近代を迎えて学校制度として定着したものは、このように学習を効率化して、一度のたくさんの人に同じような考え方や知識を提供する教育のしくみだったのです。

そういうことだとすれば、MOOCsもテクノロジーによって同時にたくさんの人に同じことを教えるしくみなのだというように自然と位置づけることができます。ただしインターネットというテクノロジーによって、その数が圧倒的に違うのだというわけですね。そして、その「大量性」は質的な変化、制度そのものへのインパクトを含意しているということになるわけです。