file 02:教育の個人情報保護

しかし、話は簡単ではありません。学習解析のビッグデータは、プライバシー保護の問題と切り離して考えることはできません。教育のプロセスは、おそらく個人の能力について特権的に情報を得る立場になるため、教育の提供者が、教育以外のさまざまな目的や利害を持つ人たちに、教育を受ける本人が知らないうちに個人情報を提供することが可能になります。ここから、倫理的問題が生じます。しかし、教育の場におけるプライバシーの扱いは、元来難しい問題です。

たとえば、アメリカの場合は、小、中、高等教育を行う学校を対象として、個人情報の開示・保存に関する特別な法律(FERPAと略称されています)が連邦議会によって定められています。17歳までは親が、18歳以上は本人が、権利と義務を負うことなどが決められています。

また、日本の場合は、国公立大学と私立大学とで、個人情報の取り扱いが異なり、教育機関として共通の扱いになっていません。国公立大学は独立行政法人に関する法律」に従い、私立大学はより一般的な「個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)」という別の法律に従うことになっています。たとえば個人情報保護法では、本人に通知するなどして第三者へ情報提供を行う「オプトアウト」が認められていますが、独立行政法人等の場合には「オプトイン」、すなわち必ず本人に事前に同意を得なければ、情報の第三者提供等を行うことができないなどの違いが発生しています。

ところが、いずれにせよ、MOOCsは大学ではないため、教育機関としての制約も特権も持ちません。しかし、もしも教育を提供する側が学生の本当の科目の理解度や習熟度のようなものを、将来の雇用者に提供するとしたらどうでしょうか? MOOCsはこのようなデータを、かなり詳細にわたって収集できる技術を進歩させ、確立してきているので存続しているものだと考えられます。これを基に、教育学者が分析して、よりよい学習体験を実現できる一方、このデータの利用が、場合によれば個人のプライバシーを犠牲にしても大きな経済的利益を生み出す可能性があるわけです。

Googleが行っている広告ビジネスが合法であるならば、同じビジネスモデルを使って、雇用に結びつくような、いっそう集約的な広告が打てるのではないかと考えても不思議ではありません。2、3年前にシリコンバレーのベンチャーキャピタルが投資したのは、このようなマネタイズを想定していたとしても不思議ではありません。もちろん、このようなしくみは社会的な人材配置を最適化して労働市場を改善し、もしかしたら多くの人々の幸せにつながるかもしれない。しかしその一方で、個人情報の取り扱いとして十分に議論しておくべきポイントでもあります。