file 03:ヨーロッパの複線型教育

3、4年ほど前にロンドンで、イングランドでそれまで大学への交付金であった学費を学生の債務として、さらに金額を3倍に値上げするということに反対して、学生暴動が起こったことは記憶に新しいと思います。学費が3倍にも値上がりし、債務として学生に残るというのでは、無理もないといった気もしたものです。世界を見渡してみると、高等教育の経費問題はアメリカばかりではなく、少なくとも先進国では、極めて似たような状況にあるのが事実です。

大陸諸国でも、王国の時代から、伝統的に高等教育を担うのは国家であるものの、人数があまりにも増えてくれば、当然、機能しなくなっていきます。そこでフランスでもドイツでもたくさんの私立大学が出来はじめています。さらに、世界全体に目を向ければ、教育立国、科学技術立国を目指す発展途上国という存在があって、結果的に先進国の高等教育への資金提供者になっているといった構図も見えてくるわけです。

さらに、ヨーロッパの場合、伝統的に、初等教育終了時に進路を2つに分ける「複線型教育」が行われてきました。ひとつはいわば職業型、もうひとつはいわば学術型で、教育の内部に2つの教育制度が並列するかたちです。さらに、この教育制度と並んで、労働市場も同様に2分割されていて、この結果はまさに人生を分けるもので、どんなに先まで行っても、基本的に2つの線は交叉しませんでした。19世紀であれば、職業型で進んで来た人は法律家や医師も含めた職人になり、学術型で進学した人は、政府の役人を中心に牧師や教師といった職業に就くようになるのでした。

1987年、EU諸国が大学間交流協定やネットワークによって連携し、ヨーロッパ全体をひとつの教育圏として構想するいわゆる「エラスムス計画」が開始され、さらに、1998年に、その促進を図るための「ボローニャ・プロセス」が開始され、これによって、現在では、ヨーロッパの高等教育圏(EHEA)がひとつになったとされています。実は、これと平行して、生涯学習や職業教育についても「コペンハーゲン・プロセス」と呼ばれるプログラムがほぼ同時期に進められていました。現在では、教育における学習の成果を比較することを可能にして一元的な資格制度を国内的、国際的に規定するための枠組み(Qualifications Framework)とその実践が開始されているなど、これらの伝統ある複線型教育も大きく変化し、来たるべき知識化された社会における中等教育以降の就業前教育が問題となってきています。

このようにして、これまで「大学」という言葉に統合されてきたさまざまな機能、たとえば学術研究、知識・技能の修得、人格の陶冶、知識の継承などが、費用負担の側面も勘案しつつ、高等教育に関わるさまざまな立場ごとにいわば分解されつつあり、かつ、情報通信技術の発達はそれをいままでとは異なる形で実現することが可能になりつつあるということが明らかになってきました。そして、この2年間の表面的なMOOCブームによって、その現実がより多くの人に理解されるようになったということなのだと思います。