file 03:海外なんか行きたくなかった

いまの若い人は論文を書かなければならないというプレッシャーが強すぎて、このあたりのテーマを狙って、これくらいのデータを出せばこういう論文が書けるな……そういうところから研究のデザインを始める傾向があります。僕はそれをしなかったせいで、就職がものすごく遅くなった。そんな時にニューカッスル大学から誘われて、これは渡りに船と、赴任することになったのが2003年のことでした。

この10年間、海外を拠点に、世界の一流といわれる研究者たちと直接やりとりをしながら仕事できたことは、本当に幸せだったと思います。行ってみてびっくりしたのは、分野を牽引する発想を提供できるほど切れ味のいい研究者は、みんな凄まじいハードワーカーだということです。ものすごくいろいろ自分で試しているからこそ、そこに鉱脈があるのか、ないのかがわかる。斬新な発想は、やっぱり徹底的にやらないと出てこないんです。創造的な仕事というのは、多くの場合天才的なひらめきではなくて、徹底的に行われた仕事のその先にあると僕は思います。

いま世の中で日々生産されている論文の数を考えたら、くらくらしますよね。その圧倒的大多数が、誰の心を動かすこともなく、自分に満足感すら与えず、読み捨てられ、忘れ去られ、消えていく。これはやっぱり楽しいことではないでしょう。でも本当にひと握りの、心に響く論文というのがある。僕が若いころに読んで、あ、こんな研究ができるんだったら僕も学者になってみたいと思った、強い憧れを感じた何本かの論文がある。人間の感覚というのは、基本的に指数関数で出来ていますから、ワンランク上は10倍ということなんですよ。2ランク上ということは100倍です。世の中には100倍働く人がいるんですよね。そして、そこまでやると、やっぱりほんとに楽しいんです。

本当は、僕なんか参考にしないほうがいいと思うんですけれども、高校生達には「徹底的にやれ」と話しています。徹底的にやるから楽しい─そういう世界に、少なくとも憧れて、できれば若いうちに手を伸ばしてほしいと思います。海外なんて、行かずにすむなら僕だって絶対行きたくなかった(笑)。それでもやっぱり行ったほうがいいですよね。