エピジェネティクスの機構の1つにヒストンという分子が関わっています。DNAの図を見ると、よくヒストンの回りにDNAが巻き付いている様子が描かれています(イラストレーション参照。アメリカ化学会(American Chemical Society)による図を元に作図したもの)。ヒストンというのは、昔はDNAをコンパクトに折りたたんで核の中に収納しておく、貯蔵庫のような役割を担っていると考えられていました。ところがそのような「静的な役割」の他に、エピジェネティクスによって、遺伝子の発現を制御するという「動的な役割」も果たしていることがわかってきたんです。より具体的に言うと、ヒストンの中にリシンというアミノ酸があり、このリシンのメチル化・アセチル化と呼ばれる状態の変化が、遺伝子発現のマーカーになって働いています。メチル化・アセチル化というのは、メチル基・アセチル基がリシンにくっついた状態──「修飾」といいます──になることです。反対に、外れた状態にするのが脱メチル化・脱アセチル化です。リシンがアセチル化しているかしていないかといった状態の違いが、特定の遺伝子を発現させるオン・オフのスイッチになっているのです。
さて、分子設計ができたら今度は実際に「合成」して、本当に仮説通りに働くかどうかを確かめます。ヌードマウスにヒトのがん細胞を移植したところ、化合物を投与していないマウスの癌はどんどん大きくなりましたが、投与したマウスの癌細胞はまったく増えなくなることがわかりました。これによって、ヒストン脱メチル化酵素の働きを止めることで、本当に癌を防げるんだという証拠「proof of concept」を示すことができたわけです。僕が頭の中で考え始めてから、この目標達成まで2〜3年ぐらい。実際に薬になるまでにはもっとかかります。