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トビタつための星Ⅳ

山はある、と思わなければ登れない。

統計数理研究所
小山慎介 准教授

より複雑な生命や社会の現象を理解するには、どのような方法が可能だろうか? コンピュータのパフォーマンスも実験方法も日々進化を遂げる中で、いま若手研究者がどんなテーマ、どんな研究を目指していけばいいかは、答えのない問いであるに違いない。「こつこつやるしかない」という統計数理研究所モデリング研究系の小山慎介准教授。自然現象の解明に向けて数理的アプローチを担う立場から、脳科学との融合的プロジェクトに参加したり、生態学との共同研究なども始まりつつあるという。東京・立川にある統計数理研究所でお話を聞いた。

脳の情報処理を考える「ニューラル・コーディング」

大学では、主に物理を勉強していました。自然科学に興味があるので、大学院では生物などを、数学や物理の方法を使って研究していました。脳と数理がどう結び付くかというと……脳の中身を調べるにはいろんな方法がありますね? 定量的な方法として、よく脳から電気信号をとるという方法が採られます。サルなどの動物に一連の行動をさせて、その時にそのサルの脳がどうなっているかをはっきりした信号として取得し、解析するわけです。

僕が取り組んできたこのような分野は、「ニューラル・コーディング」と呼ばれています。人や動物が見たり、聞いたり、考えたりといった認知行動をとるとき、脳の中に流れている電気信号が、原理的にはわれわれが使っているコンピュータと同じように情報を表現したり、情報処理したりしていると考えられるので、そのしくみを「デコード(解読)」しようというわけです。実際の生物の神経系において、たとえば電気信号のどういうところに信号が乗っているのか、どんな情報量が乗っているのかといったことを、理論的に考えたり、データを解析したりしてさまざまな可能性を追求します。近年「ニューラル・ネットワーク」がより応用的な分野に拡がっている一方で、「ニューラル・コーディング」はより脳の実際の活動を詳細に理解しようというところに特徴があります。

脳の情報処理で、私たちが日々使っているコンピュータの「ビット」に相当するものは何なのか? 電気信号のパルスのタイミングは情報として意味があるのか?……など、さまざまな問いが考えられます。しかも何らかの答えが得られても、物理と違って証明するのが非常に困難で、ストーリーづくりみたいなものに頼らなければならないのも、難しい点のひとつです。しかし実験方法もコンピュータの計算能力も日々進化しており、新しく生み出されるデータから現象を説明しようという中に、やはり科学の進歩があるのではないかと考えています。

ノイズから集団の性質を読み取る「時系列解析」

今年の研究所のオープンハウスでは、ノイズを表現する時系列解析の研究を紹介しました。脳の中の信号はノイズが多く、毎回同じ状況で実験しても、かなり違ったデータが出てきます。そこでこのようなデータを解析するために、ノイズを統計的にモデリングしようと考えました。ゆらぎの大きさが平均の「べき関数」で表されていると仮定すると、実は1つの式で、観測データを非常にうまく説明できます。サルの脳の活動という複雑でノイズの多い信号から、サルの運動の意図を読み取るという具体例から始めたのですが、いろんな現象に適用できそうですよね? そこでこのようなツールを提案しました。

たとえば2〜3人の集団が話しているというのと、100〜200ぐらいの人たちがワイワイガヤガヤ話しているという状態は、ノイズの状態が違います。このツールでノイズの状態を測ることによって、その集団がどんな系で、どんなふうに人々がインタラクションしているかをある程度推測できます。もちろん集団の持つすべての性質がこの式で理解できると考えているのではなくて、ノイズというものが持つある側面を見るものであり、その見方として使えるツールを提案しようということなんですね。

この方法を使って、たとえばツイッターの投稿の頻度が時系列的にどのように行われていくかを見るといった応用もできるのではないかと思います。ツイートは、時系列的にかなりばらつきがあるだろうと予測されますが、その統計的性質を見ることによって、どんなふうに人々がインタラクションしたか、あるいはインタラクションの度合いといったものがある程度つかめるはず……そんな応用にも興味を持っています。

統計数理的な手法の真の力

このように具体的な題材をもとにして、僕自身は、統計数理的な手法を作っていきたいというのが、研究のモチベーションです。実験を通じて生物の多様な世界に通暁している生物学者から見たら、もしかしたら何もわかっていないと思われるかもしれない。しかし数字に落とすから普遍性が生まれ、それが本質的であればあるほど、ツールとしていろんなものに使うことができます。さらに、さまざまな対象に合わせてカスタマイズすることで、ツールの持つ真の力が発揮されていくのです。

また、学問というのはこれはこれ、あれはあれというように個別的なものではなくて、それらの中から共通するものを取りだし、体系化する仕事でもあります。具体的な現象と普遍的な原理を行ったり来たりすることは、むしろ学問の醍醐味ではないでしょうか。たとえば辞書には、すべての知識が系統的に書かれているけれども、その時点で存在しなかった新しいものを簡単に追加することはできません。一方、たとえば運動方程式は、いろんな状況における運動の計算に適用することができ、この地球上で起こるすべての現象を説明できます。数字を例にとれば、すべての数字を記述する方法と、計算のルールだけを書いてすべての数を説明する方法がある。つまり知識には、2つの表現のしかたがあるのです。

やはり自分は、複雑に見えるもののなかに法則やパターンを見つけて、法則的に書き表したい。ひとつひとつは地道な作業に過ぎないけれども、一方ではそれらを集約した、とても普遍的な数理的な本質があるはずだというのが、研究を続けていく上で大きな動機になっています。それがなければ、チャレンジできない。でも、そのためにはどうしたらいいのか?─その答えはまだ見つかっていません。